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急な有休に険悪な顔をされはしたが、上司は何を言うでもなく受け入れた。
三年ぶりに通るこの鉄道から見える景色は、なにも変わっていない。都会じゃ目まぐるしく変化するのに田舎はいつまでも時を止めたまま、こんなにもほったらかしにしていた私でさえ、置いてけぼりにすることなく迎え入れてくれる。
電車内で学生たちが話す訛り言葉に懐かしさを感じた。私の言葉は今でも訛りを忘れてはいないだろうか、長く都会に染められると自分では気づかぬうちに訛りを忘れると聞く。言葉遣いだけじゃなくイントネーションも大事だからね。
五分刻みで駅に止まり僅か数名の乗客が入れ変わるのも、懐かしいようで新鮮味を感じる。そういえばこんなんだったと遠い記憶を呼び覚ます。
電車は目的の終着駅に到着する。駅員は僅かに三人、切符を切るのも人力だ。
駅を出れば草木の匂いが鼻孔を擽(クスグ)る。変わらないのは景色だけではないようだ。
出迎えは… ないようだ。弟にそんな気は利かないか。幸い実家は徒歩一〇分も掛からない近い場所にある。寧(ムシ)ろもっと距離があっても良かったかも、心の準備というものがある。
手提げ鞄を腕に通し、出来る限りゆっくりの歩幅で家路を進み始めた。
玄関先で弟が例の野良猫と戯れているのを見て『一目惚れした』というのは強(アナガ)ち嘘ではないのかと呆れた。
手にはコロッケを持ちそれを猫に分け与え自身も齧(カジ)りついている。
「なんや、ほんまに帰ってきたん」
第一声がそれとはまるで帰って来て欲しくなかったかのようなセリフ。それとも信用してなかっただけか。
「あんた、大学は? 休みじゃないやろ」
「今日は午後からや、これから行く」
弟が手を離すと野良猫は野良としての本分を取り戻し、さっとその場から飛ぶように去っていく。明らかに私を警戒した。
「お母さんは?」
「パートに行ってんで、しばらくは帰ってこんやろ じゃ、俺は行ってくる」
弟は最後の一欠を頬張り鞄をかごに放り込むと自転車で去っていった。三年ぶりに会ったというのにあっさりと言うか、案外冷たいね。お姉ちゃんは寂しいよ。
鞄からキーケースを取りだし、長年使っていなかった一番端っこの鍵を玄関扉に差し込む、なんの反発もなく扉は私を受け入れる。
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