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誰もいない実家、帰ってきた実感がこれでは今一つ湧かない。玄関の右端にある下駄箱は家族の分が縦列で分けられている。私の列は随分古いのが数足だけ、今も丁寧に納められていた。
今さらこんなの履かないよ、処分してくれてもよかったのに、平たく味気のないシューズの上段に新たにシックなブーツを乗せた。
こぢんまりとしたリビングを見て、こんなに小さかったかと記憶に補正が掛かっていたことに気づいた。
キッチンには弟が先程食べていたコロッケが大きなお皿に山盛り乗ってラップが掛けられている。子供の頃はお母さんが作るこのコロッケが好きで弟と取り合いになっていた。もっとも私が圧勝してその殆(ホトン)どは私の餌食となっている。今では逆転して弟に食われているのか。
ラップの隙間をこじ開けて、その一つを盗み食う、こんなに沢山あるんだからお姉ちゃんにもよこしなさい。それに弟はお姉ちゃんに押し倒されるが運命よ。
甘くて懐かしい。やっぱりお母さんの作るコロッケは世界一だよ。
コロッケを頬張りながら間違い探しでもするかのようにリビングを見渡すがなにも変わっていない。家具の配置も、雑誌の定位置も、こんなに変わらないものがあるのかと思うほど。
「おかえり」
いつの間にかキッチンには母が立っていた。弟はしばらくは帰らないと言っていたのに、ウソつきめ。
「…ただいま」
ぼそりと聞こえるか聞こえないかギリギリの声を発する。気まずい別れ方をしてからずっと会うことも連絡を取ることもしていない。それでどうして明るく切り出せようか。
母はいつも通りとでも言おうか、少なくとも私が知る限り普段と変わりなく料理を作り始めた。
今はお昼過ぎ、移動続きで食事など先程のコロッケ一つだけでお腹は空いてはいたが、三年ぶりの里帰りでまともに会話もなしでいきなりごはんなんて、こんなものなの?
何を期待していたのか、自分がバカらしく感じてきたよ。
「仕事は? うまく行ってんの?」
漸(ヨウヤ)く訊いてきた。母もさぞかし気になることでしょう、三年間私が何をして生きてきたのか。
「なれへんかったよ、声優の仕事 お母さんのゆうた(言った)通りそんな簡単じゃなかったわ
ほらみって思てるやろ」
つい皮肉めいた口調になった。あのときの私は自信に満ち溢れていた、だが現実はこの有り様、母の言った通り。
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