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「我は甲斐の虎ぞ、こんな小城一つ落とせんでどうする」
本陣に信玄の怒声が響く。彼はその燃える眼でぎろりと睨むのは砥石城。小城といえども、東西は崖で切り立ち、攻め場所も南西の崖のみであった。篭る兵は信玄が落とした志賀城の残兵500であり、すこぶる士気は高い。
信玄が7000の兵で攻め立てようとも、果敢に応戦し、易々と落城はしなかった。
怒りに飲まれそうな信玄も三週掛けて落とせない砥石城を認めない訳にはいかなくなっている。
それにもう潮時だった。これ以上時間を掛ければ村上義清が自ら手勢を引き連れて後詰にくるだろう。それで負ければ、再び小笠原長時がここぞとばかりに攻め上がる。そうすれば小田原の二の舞だ。
最近は越後の龍とも雲行きが怪しい。小田原並では済まないかもしれなかった。
それらを熟考し、唸り、軍配を地面に叩きつけると信玄は宣言した。
「撤退だ。引くぞ」
その言葉に風林火山の旗がざわめく。高松、殿(しんがり)を頼むぞ」
「はっ、この命に代えましても」
横田高松は弓の名手であり、信玄が認めた五名臣の一人であった。彼を殿にするならば、おおよそ問題は起こらないだろう、信玄をしてそう思わせる戦上手だ。
それから一昼夜掛け、撤退の準備をし、信玄は引き始めた。
その時である。
「砥石に楯突いて牙も爪も削れたか!甲斐の虎よ!」
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