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――――
『私はレンに何気なく話しかけた。
「生きるっていうのはひどく不思議なことよね」
ただ息を吸って吐いて。心臓を動かす。
たったそれだけのことなのに。
「私達はこうして月を見上げられる」
草原の匂いが鼻腔を掠め、耳には切なくも温かい虫達のメロディが届く。
「私達は生きているから旅ができる。生きてるって不思議よね」
「……不思議、か。でもそれは不思議なことなのかな」
レンも私と同じように月を見上げながら言った。
いまいちレンには私が言いたいことが分からないみたいだった。
「それは単に素晴らしいってだけじゃないかな」
「素晴らしい?」
「そう。生きてるって素晴らしい」
「旅ができるって素晴らしい」
「そう」
レンが言った。私はもう一度、繰り返してみる。
「旅ができるって素晴らしい」
夜が明ける。
気付けば私達は一晩中、逃げ続けていたらしい。
「これからもずっと旅がしたいね」
私は白み始め、仄かに輝きを帯びた東の空を見つめた。
「そうだね」
レンは言った。』
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