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――――
それが最後の文だった。
エリシアがノンフィクションにこだわった理由が分かった。
「君はノンフィクションを……書きたかったんだね」
偽りのない、誇張のない、現実の物語。
僕との旅。
それは彼女にとってしてみたら、ひどく切なく、悲しく、儚いものだった。
願っても叶わない旅を綴る彼女。
彼女は白い部屋で、夢と消えゆくノンフィクションを思い、いくつの涙を零したのだろう。
そう思ったら、僕の目から涙が溢れた。
「エリシア……」
彼女の名を、呼ぶ。
けれど返事はない。
永遠にない。
このノートの束をエリシアの両親から渡されたのは、もう既に彼女の葬儀が終わった後だったのだから。
僕は今まで座っていた自室の椅子から立ち上がる。
そしてペーパーナイフを持ってくると、エリシアの小説の16冊目の数ページに刃を当てがう。
その数ページとは、小説としての体裁が崩れて彼女の独白が始まったところから最終ページまでだ。
丁寧に丁寧に、他のページを傷付けないようにその部分だけを切り離す。
切り離した数ページは丁寧に折り畳み、いつも肌身放さず持ち歩いている手帳の中に。
そして、少しだけ薄くなった16冊目のノートを僕は旅用のリュックサックに詰め込んだ。
白みゆく空。
星達が眠りにつく黄金色の空の下。
僕は誰にも行き先を告げずに歩き始めた。
「ねえエリシア、聞こえているかい?」
僕は彼女に話しかける。
リュックサックが少しだけ重くなったのは、きっと彼女の重みなんだろう。僕は、いつかのように彼女を背に乗せているんだ。
「君の望むノンフィクションを僕が書いてみせるから」
だから僕は旅に出た。
一際輝く星がひとつ。明るさを増す夜明け空の下、僕の頭上で瞬いていた。
「一緒に行こうか」
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