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『私の目の前はいつも白い』
小さな文字、けれど読み易く整った字体。これが書き出しだった。
僕がいくら頼んでも見せてくれなかった彼女の小説。
ついに読めるときがきたんだ。
『色とりどりに彩られた世界はまるで楽園のよう。私は1日の内でもっとも華やかになる空を見上げてため息を漏らした。
赤と橙と、青と紫と黄色。
光る星々は明るい黄金色。
浮かぶ雲はくすんだ白。
太陽が沈んでいって、まるで生きているかのように色合いを変えていく空。
それは、どんな絵描きにも創り出せないような無限のカンバスで、今の私はそれを独り占めしているのだ。
白い鳩達が明日へ向かって飛び去っていく。まるで風だ。
リンゴーン……――。
遥かまで突き抜けて届く鐘の音。
私が見上げる空に、その身を突き刺しているのは、この街にある大きな大きな時計台だ。
煉瓦で造られた時計台は、街のどこからでも見付けられる。
そこは、この街でもっとも天に近い場所だ。
時計台は鮮やかに光る空を弦にして、その深い音色を街の人々に伝える。
子供達は夕食の香り漂う通りを駆け抜け、働く者は1日の疲れを癒すために温かい家族の待つ家路へ急ぐ。
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