旅人の物語

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「ね、登ってみようよ」 私の心はときめいていた。 高いところに立ち、白い鳩達のように大空の風になりたかった。 「勝手に登ったら街の人達に怒られるよ」 隣に立つレンは興奮する私を困ったような笑顔で見つめながら言った。 「でも……登りたい」 私達は旅人だ。 地上を行く、旅人。 たまには空を飛びたくなるのだ。 「しょうがないなあ……」 レンはやっぱり困ったような笑みを浮かべ、私の手を引いた。 「え?」 まさか一緒に登ってくれるの? そう思ったのもつかの間、レンは私を連れて時計台とは反対の方向に歩き出していた。 「ちょっと? 時計台は……」 「いいからいいから」 そしてレンは街の外れの小高い丘まで私を引っ張ってくると、繋いでいた手を離した。 少し残念。 でも、驚いたことにレンは私をつかむと、ひょいと自分の肩の上に私を乗せた。 「わわっ」 落っこちそうになりながらも見上げた空には、淡い月の光が瞬いていた。 この世界のどこにいても見られるはずの月を、私は今初めてちゃんと見た気がした。 「わあ……」 「時計台には負けるけど、僕の上もなかなかいいでしょ?」 手を伸ばす。届きそうなくらい近くにある星へ。掴んだらさらさらと砂金のように崩れてしまうかもしれない。 風が私と肩車をするレンに優しく触れ、火照った体を冷ましてゆく。 「ありがとう」 私は黄昏のしじまを壊さないように小さな声でレンにそう言った。』
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