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だから、彼女が僕を選んだのは必然だった。
「ねえ、レン」
「なに?」
「私、小説を書きたいの」
「うん」
「だからね、旅のお話をして欲しいの」
「うん?」
「私の小説の、題材にしたいの」
「僕の旅を?」
「そう」
彼女は背中まで伸びた長くて綺麗な黒髪を揺らして頷いた。
彼女はもうペンとノートを用意していた。
目を輝かせ、僕の方を窺っていた。
こんな生き生きとした彼女を見たのは久し振りだ。
「いいよ」
だから僕は彼女の願いを受け入れた。
僕は旅から帰ると決まってその旅の内容をエリシアに語った。
エリシアは旅の詳細を求めた。
どんなに些細なことでも言い忘れるとエリシアは怒った。
「私は現実主義なの。フィクションなんて嫌だわ」
彼女は僕の話を聞くと決まってノートに向かう。
話し疲れた僕はエリシアのお母さんが煎れてくれたハーブティを飲みながら、エリシアの部屋の白い椅子で彼女がペンを走らせる音を聞いている。
「う~ん……ここの描写が……。ねえ、レン? 3日前のミレリの街の空はどんな色だった?」
「そうだなあ……赤色に橙色に紫にピンクに……あと、星が綺麗で手が届きそうだったよ」
「時計台の音は?」
「リンゴーンって感じかな」
「りんご?」
「違うよ」
「……みかん?」
「なんでそうなるのさ……」
僕がため息をつきつつ、助言しようとエリシアに近付くと彼女はノートをパタンと閉じた。
「見ないの!」
「でも……」
「いいから教えてよ。その、あっぷるぱーいっていう音で鳴る時計台のこと!」
「お腹空いてるでしょ、エリシア」
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