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序章
神は困っていた。
長年生きてきて、分からない事など無い――そう思っていたにも関わらず。
「うーん。」
唸る彼の傍では、真っ白な毛玉がずっとウロウロしている。
何かを求めて、しきりにミャアミャアと鳴きながら。
そんな彼女が時折発する人語。ただし、それは非常に曖昧で抽象的だ。
「ゴロゴロー。」
そう言葉を発するその生き物に、きちんとした単語は飲み込みきれない。
何せ、彼女の頭は小さい。そこに収まる脳もまた小さく、複雑な事は覚えられない。
この為、言語そのものを付与しようとしても、せいぜい擬音で伝えるのが限界だったらしい。
うろつく彼女は、必死に何かを伝えようとはするものの、それが神に届く事は無かった。
「ポカポカー…。」
悲しそうに、白い毛玉が鳴く。
それに、神もまた、悲しげに睫毛を伏せた。
「すまんのぅ。儂の手違いの上、お主の願いすら叶えてやれんとは……。」
夏の日差しも和らぎ、過ごしやすくなった秋の早朝。
彼女は本来、死ぬはずが無かったにも関わらず、道路で車に轢かれて、あの世の住民となってしまったのだ。
しかしながら、そこは本来は死ぬべき時でなかった。この為に、神がその御霊を呼び寄せ、願いを聞こうとしている――のだが。
結果として、神を困らせる一因となるきっかけとなっている。
「小さすぎる上に、与えられる情報にも限界がある。」
「ゴロゴロー。」
「お主の魂は余りにも若いし、無理すれば精神を塗り替えてしまいかねん。」
「ポカポカー。」
「ううむ、これはどうしたもんかのぅ。」
「ミャァァァァ。」
悩む神。
訴える毛玉。
――程なくして。
「うむ。ならば、来世でその『ゴロゴロ』と『ポカポカ』が可能になるよう、出来るだけの器を用意しよう。」
そう言った神は、この迷える小さき子猫へ、破格の身体を与えて転生させた――。
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