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十分と言う時間は、あっという間に過ぎていく。
「あそこの、コンビニでいい?」
彼は頷き、車が動き出してから始めて静寂が訪れる。
車を、一時的にコンビニの駐車場に停める。
駐車スペースが十台以上停められるコンビニだから、気兼ねをしないですんでいる。
「ありがとうございます」
「えぇ、どういたしまして」
「藤井さんは素敵ですね」
シートベルトを外しながら彼が言った。
「ちょっと、から……」
からかわないでと言う言葉は私の口から出ることはなかった。
彼が顔を真っ赤にしながら、耳まで染めて発したから。
「本当にありがとうございます。では、またバイト先で」
遁逃する彼の後ろ姿に 『ええ。また』 と私は見送った。
私はアクセルを踏み家へハンドルを切る。
頭の中で別れ際の言葉が反芻する。
仰々しいが、尊敬と捉えて差し支えないだろう。
そう結論付けるが、真っ直ぐ向けられた視線が霧散させる。彼のはにかむ顔がそれだけじゃない。足りないと訴えてくる。
家についてもしばらくの間、母の顔に戻らない私の姿が鏡に映っていた。
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