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「俺には大迷惑だよ」
顎を掴まれ、柔らかい感触が唇に触れた。瞬きする間もなく近づいたアイツの睫毛がゆっくり閉じる。スローモーションのように映し出された。
今、チュッて音……した、かも。
さっと離れたアイツは、もう河原の方を見ている。少しだけ手が震えている。
「謝らないからな。ナンパされたら許さないから」
えっ、どういうことだよ? アイツも俺のこと好きだってことなのか?
すっと立ち上がり、逃げる様に土手を上がって行った。振り向いたまま、草に滑って転んだアイツの後姿をただ身動きせず見つめる。
「夏祭り、絶対一緒に行こうね。ナンパされないように俺が守るから」
何なんだよ。ちゃんと言ってくれなくちゃ、わかんないだろ。いや、むしろ俺が告っても成功率高いってことなのかな? いいのか、いいのかな……。
いつも二人で並んで自転車を転がす道を、アイツは一人で、それも凄い勢いで去って行った。
一人になった俺は、ゆっくり立ち上がり軽くお尻を叩いて土を払い落とす。夢だったのかもしれない、と忘れてしまいそうな勢いで川の流れを見つめる。きらきらと夕日に照らされた水面は眩しさしか見せてくれなかった。
「夏祭り、楽しみだな。――うん」
自転車を引きながら、陽が沈んだ道を歩く。アイツに伝えよう、俺の気持ち。そして、また一緒に来年も夏祭りに行く約束をしよう。
俺は明後日の祭りが待ち遠しくてたまらなかった。
今度は俺からキスしよう。それから、ぎゅっと抱き締めて嬉しさを伝えたい。
「浴衣、か……。やば、萌えた」
一人でニヤニヤして怪しい人になっていたかもしれないけれど、暗がりが助けてくれた。
〈 完 〉
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