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幽霊アパート
最近引越しをしたのだが、まだ近辺の住人と会ったことがない。
初日に両隣へは挨拶に行ったのだが、どちらも留守で、それからいまだに会えないままだ。
とはいえ、それで困ることがある訳でもなく、暮らしていればその内会うこともあるだろう、くらいの気持ちでいた。
そんなある日、帰宅すると、ちょうどのタイミングで隣室の扉が開いた。
出て来たのはサラリーマンふうの中年男性で、隣に越して来たことを告げると、丁重な挨拶を返してくれた。
そのタイミングのよさが続いたのか、翌日には、反対隣の部屋の人と会うことができた。
こちらは少し年配のおばさんで、見た目通りにおしゃべり好きらしく、挨拶ついでにちょっと長話をした。
その折りに、昨日出会った男性の話をしたのだが、その話題が出るなりおばさんは顔色を変えた。そしてこちらが聞くより早く、隣室の男性は半年程前に急な病気で亡くなったと教えてくれたのだ。
昨日会ったあのひとは、まるつきり普通の人間そのものだったのに、おばさんの話によると、自分が死んだことに気がつかず、たまに住んでいた部屋に戻って来るらしい。
それを聞いて、幽霊に遭遇してしまったことへの恐怖よりも、何だか可哀想だなという気持ちになった。
その日から数日。
部屋を出た瞬間、同じタイミングで隣の部屋の扉が開き、あの中年男性と再会した。とはいっても、情報によるとこの人は幽霊だ。だから挨拶もできずに固まっていると、相手は一瞬困ったような顔をした後、もしや自分が幽霊だという話を聞かされたのではと、いきなりそう尋ねてきた。
それで怖さが吹き飛び、話を聞けば、男性は死んでなどおらず、実は幽霊は、反対隣のおばさんの方だというのだ。
三か月程前に交通事故で亡くなったのだが、世話好き話好きな性格だったせいか、ちょくちょく住んでいたこのアパートに現れて、何も知らない通りすがりの人などを捕まえては、あれこれ世間話をしているらしい。
その情報を聞いた後、俺はひたすら途方にくれた。
中年男性もおばさんも、どっちも自分は生きていて、相手が幽霊だと言っている。だけどちょっと話したくらいじゃ判別できないくらい、俺にはどっちも生きている人間そのものだった。
どちらにも害はなさそうだけれど、なることなら幽霊とは関わりたくない。さて、どうしたものか。
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