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風が強い。それに、独特の匂いがある。夏の夜の匂いだ。何となく湿ったような、草の匂いのような、郷愁に駆られてしまうような、言葉にしがたい匂い。
見下ろすと東京の街が広がっていた。宝石箱をひっくり返したように美しい夜景なのに、眼下、目を凝らしてみれば金曜日の夜のへべれけがタクシーを捕まえようと醜く躍起。
金と生活で時間と体力を繋がれた奴隷たちは、週が終わる束の間、鎖が弛む時間を待って、騒いでは、また週の始めに再び自ら戒めを固く固く締め直す。不思議に思うかもしれないが、いわゆる「社会」に生きる人はその戒めを大切にしているのだ。
戒めにも色々あって、実はブランド物の戒めなんかは人気があり、皆こぞってそいつに自分の体を結び付けようと群がる。かくいうぼくも、そういう奴隷の一人である事に変わりはない。残念ながら、競争に負けたぼくの戒めは、ブランドとは程遠いものではあるのだが。
戒めと共に少しネクタイを緩めて、襟の黄ばんだワイシャツの第一ボタンを外し、ビルの屋上で優雅に奴隷たちを見下ろすぼく。見下ろされているのを知らず、黄金色の炭酸入り毒で考える器官を麻痺させて騒ぐ人たち。同じく鎖が緩んだばかりのぼくらではあるけれど、一つ違う事もある。
彼らと違って、ぼくはもう二度と繋がれる気は無い、という事だ。
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