あいつの元へ

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 逃げた逃げた逃げた、逃げ切れたぞ。  それまで有刺鉄線で心臓をぐるぐる巻きにされる程の、狂気的な締め付けから解放された。  一年分の動きを超えた脈拍も少し早いと言ったところまで回復したようだ。あとは、車を見つけて家に帰るだけ。  まったく心霊スポットなんて来るもんじゃない。あんな目に、あんな奴に会うなんて思わなかった。だいたいあいつらが、あいつら、そういえば他の仲間は逃げられたのだろうか? 叫び声も聞こえないし足音も息遣いも、いやそれどころか何も聞こえない『無音』目の前には黒、あたり一面月明りすらない黒一色。  夢だ、そうこれは夢に違いない。いい運動、嫌な運動もして脂汗もかいたし、このところ残業続きだったしで、疲れで急に寝たんだ。そう考えると体勢は横になっているようだし、真っ暗なのも頷ける、でも夢で横になった感触なんて……そ、それにベッドにしては固すぎる。いい香り、花か? うん? なんだか燻製のような、くんくんと嗅いでいるうちに炭の匂いが鼻を衝いてきた。 「あちー!!」 感触より先に声が出た。全身に絡みつく熱気、夢の中であろうと目が覚める、上半身を起こそうとしても正面に、上面に壁がある。ドンドンドンっと叩くが開きそうで開かない。 「あっだっ出せー!」 眼球に直接汗が点眼される。拭う余裕もなく目を細めた瞬間、熱の色で焼き魚のように白く飛んだ。熱はすでに痛覚をも上回り何も感じない。体を動かそうとするたびに、細胞だった何かが剥がれていくのだけが分かる。  声も出ず、顎も肺も動かないがため息を吐いたような気がした。見えないはずの天を仰ぐ目の前には、あいつがいた。聞こえない耳の穴の中に響くように入り込んだのは、あいつの声。 「おかえり」
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