第50話 Crazy time

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第50話 Crazy time

 暗闇と激しい揺れ、そして金属の削れる音。  瑞風の中で闇を見抜くドラゴメイドの機能には、熱を持つ物を見るサーモグラフィー。  音波を利用したソナーなどある。  エアバグの群れが、そのモーター仕掛けのハサミで、銀色のフレームだけになったドラゴメイドにかじりつく。  彼女にとっては、拳を振るえば飛び散る、どうと言う事もない小型メカ。  プラズマカッターやレールガンならなおさらだ。  噛み付く牙も弱く、ギリギリと逆に軋むくらい。  だが、今ドラゴンメイドが手にしているランナフォン、オウルロードにとっては脅威だ。  ランナフォンを入れる太ももには常に噛みつかれ、払ってもすぐに代わりが飛んで来る。  しかも瑞風が暴れるたびに、遠心力で壁に叩きつけられる。  その壁にプラズマレールガンを放つ。  吹き飛ばし、続く装甲を赤く焼き切って飛んでいくが、外まで届く事はなかった。  また降り倒され、瓦礫が飛ぶ。  瓦礫の向こうに、ちらりと見えるワイバーンも同じだった。  3人とも、動きは完全に封じられている。 「チクショー! ここまでか! 」  いきなり視界に、温かいものが舞い散った。  次の瞬間、足元の感触が無くなった。  身体中を噛まれる痛みも、嘘のように消えていた。  空中に投げだされている。  視覚を可視光線に切り替える。  あたりは夜と戦火の故郷から動いていない。だが。 「瑞風が消えた?! 」  背中の翼を展開する。  赤いジェットは、阻まれることなくまっすぐ伸びて、宙に浮かせた。 「空を見て。KK粒子が消えてる! 」  ワイバーンも飛んでいる。 「凍風もないよ!  それに、この白い羽みたいなのは何? 」  闇の中、突如あたり一面に待った暖かい物。  それは白い鳥の羽に似ていた。  これについては、ドラゴメイドにはすぐわかる。 「ボルケーニウム。  そうか。タイムパラドックスが無くなったから、アレルギー反応もなくなった」  自分のエネルギーを示すタクスバーが、みるみる上がっていく。 「今、義姉ちゃんはKK粒子を使って私に力をくれる! 」  見れば街の火が消えている。  消火がなされたわけではない。  燃えていたはずの街が、燃えていないのだ。  黄金怪獣が、地表を赤熱化させえぐり飛ばし、海まで届いて煮立たせていた、巨大な溝も消えていた。 「瑞風と凍風が消えるタイムパラドックス……。  シエロ君とカーリ君が、これ以上の戦闘は無意味だと判断したのか」  これはワイバーンの想像。  ドラゴメイドは、それが正しいと思った。  慌てて手の中を見た。 「オウルロードは?! 無事なの?! 」  無傷のランナフォンが、オウルロードがいた。 「私は大丈夫です」 「よかった」  と同時に、もう一つの事実に目が釘付けになった。  自分の手が、銀色のメカではない。  皮膚に覆われていた。  全身を撫でまわし、肌や髪の感触を確かめる。  着ていた強化繊維製の勝負服も切れていない。  黒いレザー製のヘソ出しコートとパンツ、ワインレッドのチューブトップに似せたそれ。  血色の好い肌と短い赤髪、そして猫耳に最も似合うと本人が思っている。 「スベスベとモフモフ。戻った! 」  最後にしっぽを握りしめた。 「これもタイムパラドックスですね」  オウルロードが嬉しそうに言った。 「瑞風が侵略者として来た2年前の事件がなくなりました。  そのためスイッチアに反感を持つ地球人がいなくなり……何かがあったのでしょう」  突然、狂った怒りの声と足音が割り込んだ。 『戦果がなくなってしまったぞ!!  この舞い散る白い物は、ボルケーナの干渉に違いない! 』  それらが見えない振動となって、上下から襲ってくる。 『もう一度戦え!  二度と消えない戦果を!  この地に刻むのだ! 』  だがボルケーナの羽は、触れようが地面に落ちようが、すり抜けるだけだ。  しかも、途切れることなく降ってくる。  やがて足音の主が現れた。  歩くだけで暴風の音がついて来る。  視界を占めるのは金色。  身長1キロメートル。  瑞風、凍風と戦うことのなかったため、黄金怪獣は健在になった。 「あいつもいたんだ……」  暴風の音は、振り下ろされる拳が空気を押しのける音でもあった。 「左右に分かれよう!」  ワイバーンの指示に、ドラゴンメイドはすぐ従った。  左右に分かれれば、その分敵の注意を分散できる。  オウルロードは太ももの充電器へ放り込む。  その時、後ろに落ちた金の拳から、稲妻のムチ! 「なんだ。そんな電撃」  全身を打ち付けられた! 「いただきました! 」  ボルケーニウム装甲で、吸収。  瞬時に自分の物にする。  服や皮膚、髪だったボルケーニウムを、溶岩の様に赤く輝く液体に変える。  そこから再構成するのは、赤い装甲。  つなぎ目もネジもない、フェミニンな魅力もない、衝撃を反らすのに適した丸みを帯びた表面。  翼も肥大化する。  シエロとの戦いで失われたゴーグルとマスクも復活した。  両腕から現したプラズマレールガンが機構を1つにまとめていく。  背中からパワードスーツの様なアシスト機構が飛び出し、腕を包み込む。  プラズマを作る放電管が巨大化し、砲身が突きだす。 「Welcome to Crazy time!! 」  クレイジータイム形態。  彼女が持つ最大の砲の名でもあり、その衝撃に耐えるための戦闘形態。 「うわっ! 」  発射しようとした瞬間、燃える様な空気に突き飛ばされた。  金色の拳が放つ衝撃波、空気のハンマーだ。  空中でバランスを奪われ前転のように回る。  せまる金の脇腹。  それを蹴飛ばして衝突を避ける。  岩よりも堅かった。  ジェットを微調整し、体勢を戻した。  ゴロゴロと金属の軋む音が重なって近づく。  そこは灰色の津波の様な物の前。  エアクラウンの軍団だった。  周りには50メートル前後の爆縮委員がたむろしている。  四方八方、思い思いの方向へ向けて、砲撃している。  その先には、学園艦隊。冒険者。自衛隊の戦闘機もいた。  ドラゴンメイドに関わる敵は、いなかった。  遥かな頭上を見た。  900メートルほど上空の、人の形をした顔を見るために。  笑っていた。  自分とは反対に飛んだワイバーンを向いて。  敵の視線の先からは、プラズマレールガンの連射する音が響いてくる。  ワイバーンには、クレイジータイムはない。  それを睨む黄金怪獣は、笑っていた。  刻まれた笑いジワは深く、洞窟の様に思えた。  ドラゴメイドは、まっすぐ敵の目を狙う。  銃口の周り、指だった部分からレーザーを放つ。  ガイドレール、プラズマの障害物である空気分子から電子を排除するための、高熱のレーザー。  ガイドレール自体はこれまでも使っていたが、その威力は格段に上がっていた。  それだけで黄金怪獣の左目から真っ白い火花が散る。 「こっち見ろ! ゴラァ!! 」  ドラゴメイドは横へ飛びつつ、プラズマを撃つ。  火花を、さらに巨大な爆炎に書き直す!  プラズマを撃つと、反動で2メートルほど下がった。  迷う事なく連射する。  黄金怪獣を襲う大爆発に、爆縮委員会も気がついた。  だがドラゴメイドは雷撃を吸収する事は気づかなかった。  今度はエアクラウンを撃つ。  さらなる雷撃を誘うためだ。  狙い通りの雷撃に、ほくそ笑む。  射撃を続ける。  だがこれは、性能テストでも撃ったこともない連射だ。  全身からエネルギーが供給されていても、内側の機械は変わりない。  機械の耐久性、電力の要領が気になる。  そして砲撃の威力を出すために、電力をキャパシティ限界までため、一気に消費する事は変わりない。  そのたびに、シェットが途切れかけて軌道が下がる。 『ウオォ! ドラゴメイドだぁ!! 』  もっとも厄介な敵がやってきた。 『超一級の敵だぁ! うちとれぇ! 』  50メートル級の、与えられた動物の特徴がはっきりわかる爆縮委員会達だ。  彼らは大きすぎるサイズに振り回されることはない。  エアクラウンの雷撃が止まった。  そこを5つの影が迫り来る。  雄叫びをあげて、空から先頭を行くのは地中竜。  上に伸びた尖った耳。全身を覆う黒く短い毛。  そして人には聞こえないが、ドラゴメイドには聞こえる高い音。  超音波で距離を測っている。  与えられたのはコウモリの特徴だとドラゴンメイドは思った。  一旦クレイジータイムへのエネルギーを止め、ジェットパックに回す。  ただし、噴射はもう少し後だ。 「ぐおぉぉぉ!!! 」  地上からの雄たけび。 「お前達! 何をしたんだぁ!! 」  トラの特徴を持つ巨人が潰した道路のアスファルトを投げる。  1発か数十センチになる巨大な散弾だ。 (意外とうまく連携してるじゃない)  ドラゴメイドはできるだけ小さな行動で、散弾を避けた。  そしてコウモリ竜を待つ。 (来た! )  コウモリ竜が猛火を放つ!  敵は絶対に避けられない距離まで、近づいての一撃を狙っていた!  だがコウモリ竜が聞いたのは、遠ざかるジェットの轟音。  そして自分の猛火を真正面から打ち抜くプラズマの音だった。  空高く飛んだドラゴメイドは、地上の虎巨人たちに次々と砲撃を加える。  エアクラウンからの雷撃で補給ができないので、威力は抑えなければいけない。  それでも、結晶を背負うアルマジロ、オオカミ、ヒツジ、そして虎巨人は反撃する間も無く、赤く燃え上がった。  遠くでコウモリ竜が墜落する音が続く。  今の連射でドラゴメイドは、地上に降りるしかなかった。  燃え残った家の影から覗くと、撃たれた5つの影はまだ動いていた。  そのまま移動することもできない。  ドラゴメイドとて無益な殺生はしたくない。  今の連射は完璧な峰打ちだと思った。 「義姉ちゃんの幸運空間が戻ってきたんだ! 」  その時。 『馬鹿者め! 』  黄金怪獣が巨大な足で踏みつけた!  その下には、倒れた爆縮委員。 『貴様らは死にかけて、ボルケーナの力を抑えないか! 』  足の下に3。  そこから離れていた虎巨人は左手で、コウモリ竜は右手で握りこむ。  その両手は拳となり、ドラゴメイドに振り下ろされる! 「クソッ! 」  家の影から飛び出すと、その家がコナゴナに崩された。  そして握り込まれた虎巨人の悲鳴。  高度を上げられないまま逃げるしかないドラゴメイド。  黄金怪獣と目が合った。  顔の左半分から煙を上げ、大きくえぐれていた。  それでも痛みは感じないのか、頭を少し振っただけだった。  そして不愉快な笑顔をそのまま、ドラゴンメイドに向けた。  対するドラゴンメイドの顔は、笑っていた。  黄金怪獣の後頭部。  そこへ、左右にまっすぐ翼を伸ばした巨大な影が飛び込んでくる。 『『ワッ!! 』』  二つの叫びが放たれた。 『ワーッ! 』  黄金の巨体が、驚きのあまりビクつき、勢いよく振り向いた。  その瞬間、つかまった爆縮委員も解放された。  黄金怪獣の目前に飛び込んで来たのは、茶と緑のまだら模様。  幅100メートルある翼の正体は、雷切。  学園艦隊の急襲揚陸艦。  エンジンを切り、その大きな翼でグライダーのように近づいてきたのだ。  叫びは、その機上から放たれた。  放ったのは、二機の50メートル級人型ロボットの姉妹パイロット。  赤いウイークエンダー・ラビットを駆る佐竹 うさぎ。  青いブロッサム・ニンジャを駆るのは妹の、しのぶ。  雷切は再びエンジンを起動させる。  機上に固定したニンジャと共に、豪雨のような砲撃を降らせる!  轟音と共に黄金怪獣が呻き、1歩下がった。  その1歩が、足元のエアクラウンには巨大だった。  灰色の津波の様に見えたのは、慣れない進化を与えられ、支え合う様にしていたからだ。  それが横からの圧力で、住宅地を道づれに押しのけられ、ドミノ倒しになっていく!  黄金怪獣に捕まった爆縮委員が、その隙に逃げていく。  砲撃の次に、ジェットをうならせてラビットが飛びかかる。  ボクシンググローブ型の装甲で覆った拳が、右半分だけの顔を打った!  この一撃は暴風を生み、黄金怪獣をエアクラウンの上に叩き落とした! 『ウワー! こっち来んな!! 』 『どけ! 下手くそ! 』  あらゆる悪口、悲鳴が重なる。  その灰色の群れは、やはりお仕着せによる進化だった。  ドラゴメイドがそう思うほど、エアクラウンは逃げるのもままならない。  そのあいだに、ジェットパックを噴射できるまで、ドラゴメイドのキャパシティが満たされた。  飛び立った直後、住宅地にそれ以上の質量を持つガラクタが、辺りにぶちまけられた。 「まぶしい! 」  黄金怪獣と、エアクラウンと言う鎧から飛び散った天上人。  それらが放つ輝きは、金色の夕日のように空を照らした。 『お前達! 何をした!? 』  倒れたまま、黄金怪獣がラビットたちにわめきたてる。 『お前達は、エアクラウンの改造型にさえダメージを受けていたはずだぁ』  自分は、瑞風や凍風よりはるかに強い。そう信じた言葉だ。 『友達が乗ってるロボを、本気で殴れるわけないでしょ! 』  ラビットからの声。ドラゴンメイドはありがたく思った。  黄金怪獣とエアクラウンの混ざり物が、電流をまき散らす。  あたり一面、炎が舞い上がる!  ラビットの分厚い装甲は、電撃を受けても空に散らせた。  飛行機でも雷に打たれると起こる現象であり、これで墜落することはない。  電気を流す伝導体は、電気を内にとどめるのではなく外へ発散するからだ。  それでも装甲に傷があれば、そこから内部を焼くこともある。  だがラビットは大地を踏みしめ。立ち向かう。  鷲の特徴を持つ巨人が跳びかかってきた。  ラビットは回し蹴りで大地に叩きつけた。  叩きつけられた巨人は、自分たちが焼いた建物の鉄骨を突き立てながら、バウンドしていった。 「あはは。すごい威力」  ドラゴンメイドも笑ってしまう。  クレイジータイムでは絶対できない佐竹姉妹の威力。  素直に嫉妬するしかない。  それよりも、今心配なのは反対へ飛んだワイバーン。  そこにはエアクラウンはまだいるはず!  そう思って睨むと。 『ギャー! 』  ドドーン  黄金怪獣の尾が、エアクラウンたちをなぎ倒していた。  転倒の衝撃は、終わることなく続いていく。 「そんな事だから。みんなから隙を突かれるの! 」  ドラゴメイドは、自分の言葉にウンウンうなづいた。  倒れるエアクラウンたちに驚いた様に、ワイバーンが飛び下がった。  敵の交ざり物は、もう立ち上がれない様に思えた。  だがもし立ち上がり、攻撃を始めたら……。 「ねえオウルロード。もう逃げようと思うんだけど」  心に、自分でも意外なほどの恐怖が広がる。  なるべくなら、宇宙艦隊戦並みのエネルギーの側など、いたくない。 「……待ってください! 」  意外な事に、止められた。 「ユニバース会長からの――」  直後、波打つ極彩色の光線が、空を割いた。  ユニの超振動波だ。  黄金怪獣とエアクラウンの混ざり物に、天地を震わせ直撃する。  混ざり物は今、そそり立つ金色の崖だ。  形を保ったまま崖にはめ込まれたエアクラウンは、さながらはめ込まれた大仏か。  それがユニの光を照り返し、さらにまぶしく!  崖があぶくに変わる。激しい振動により沸騰している。  崖はねじ曲げられて行く。  さらに、火山の噴火のように豪快に飛び散る! 【さすがわが友】  羽は、周囲の環境から影響を受けないらしく、舞い散り続けている。  ドラゴンメイドは、そこから義姉の声をたしかに聴いた。  爆縮委員会も黙ってはいない。  超振動波で断ち切られそうな部分を、全体を折り曲げて庇う。  先ほどドラゴメイドと戦った50メートル級部隊が、その陰で縮こまっていた。  だがこの戦いさえ、今いくつも起こっている戦いの一つに過ぎない。  遠くからくぐもった戦いの音が聞こえる。  そして、声が。 『降伏するなら攻撃しない!  変身を解けば元の姿に戻るんだろ!? 』  爆縮委員会へ降伏を促す、スピーカー越しの声だ。 『そこの冒険者も戦闘をやめろ!  日本にいたいなら俺に従え!』  声が来る方を見ると、自衛隊の10式戦車が見えた。  その10式戦車に向かって、50メートル級は逃げだした。 『どこへ行く! 逃げるな! 』  黄金怪獣からの声にも耳を貸さない。  50メートル級にとって、ユニの力は自分を一瞬で霧に変える物だ。 「ユニバース会長からの救援要請です! 」  オウルロードは声を張り上げた。  だがそれは無駄だとすぐ悟った。  残りのメッセージはテキストにされて視界に映す。 {学園に行ってください!  逃げ遅れた人たちがいて、そこも攻撃されているとのことです! }  ドラゴンメイドは、返事を行動で示すことにした。  悔しい光景に背を向け、飛び去る。  ワイバーンも同じ場所へ飛んでいた。  その間にも、蘇った街がなぎ倒される。  シエロやカーリタースたち、チェ連の仲間たちが勇気を持って敵を許し、得た時間軸。  それを自分たちは守れていない。
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