第52話 再び亡びへ

1/1
前へ
/648ページ
次へ

第52話 再び亡びへ

 合体黄金怪獣は、自分の顔が美しいと思っている。  鏡などを見たわけではない。  できるような鏡張りのビルなどないし、水鏡をしようにも川も海も荒々しい。  合体しに来た爆縮委員たちが、見ていたからだ。  彼ら、彼女らの記憶は統一され、大きな意思の一部となる。  そうして生まれた者こそ、宇宙からの脅威に見せつけるのに、ふさわしい力。  成功者の証。  当初の予定さえ超えた、無敵の存在。  その証拠に、神獣ボルケーナの舞い散る羽も、レイドリフト四天王も、激戦の末に。 (追い払うことができた……それほどの力だ。  そのはずなのに! )  いま、体は長い首と頭、それにミイラ化しかけた胴体。  倒れたまま動かない頭に、口と目はない。  コボッ  文字通り、あぶくとなって消えていく。  目だった部分から、水音が上がる。 「ハアハア」  中から現れたのは、合体していたはずの爆縮委員たち。  それも、最初の頃の、能力の元となった生物由来の色ではない。  合体黄金怪獣から奪われたことが分かる、金色だ。  合体黄金怪獣の首が、分厚い筋線維をこする音と共に持ち上がる。  持ち上がった首は100メートルにおよび、それは走り去る爆縮委員の身長の2倍に迫る。  その顔は、ほぼ同じ。  振り上げた顔面を、唸りと共に地面に叩きつける! 「ご、グフッ! ごめんなさい! 」  叩きつられる直前に、イノシシの顔をした巨人が跳んだ。  着地のショックで泥が飛び散る。  真っ黒なすすで覆われ分からなかったが、そこは大きな田んぼだった。 「ごめんなさぁい!! ごめんなさい!! 」  イノシシ巨人は、そのままへたり込み、あやまりつづける。 「ち! 違う!! 逃げてなどいない! 」  あやまる声に、別の声が被せられた。 「わ、私たちが合体したら、体の自由が利かなくなるんだろ!? 」  合体黄金怪獣から逃げだした爆縮委員たちだ。 「そうだ! だから、は、離れようと……」  委員たちが次々に、かばい合うようにして訴えてくる。 「この体が、なんで金色になったかは、わかりません! 事場泥棒ではありません! 」  なぜ怒られているのかは、一つの意思だったからわかる。  泣きながらの訴えだが、合体黄金怪獣は許すつもりはない。  えぐれた顔の奥に、ひしゃげた5つの穴が見える。  上に並ぶ、青い輝きを持つのが目。  下に逆3角形に並ぶのは、仮設の口と鼻。  その表情には殺意が宿る。  口から炎が湧きだす。  周囲は悲鳴に包まれる。  だが炎は、黒い何かに飛び込まれてとめられた。  衝撃で鎌首が仰け反る。  続いて衝撃波が全身を撃つ。 (オルバイファス/黒い変形機械生命体! 超音速で突っ込んできたのか!? )  ありえない。というありきたりの考えは無駄だ。  魔術学園生徒会相手には、そう結論づけるしかない。  そう悟る間にも、傷口はミキサーの様にかき回されている。 (戦闘機から人型に変形している! )  とっさに手で掴みだそうとした。  だが、未だに手はない。  なす術もなく目をえぐられ、ジェットの火で焼かれ、逃がした。 「ひ、ヒィィィ! 」  委員たちの悲鳴がこだました。  そんな悲鳴を次々に爆音が打ち消していく。  こんな隙を見逃す戦車乗りはいなかった。  地球製の砲撃が突き刺さる。  へたり込んでいたイノシシ巨人は、的として小さい。  わずかに当たりにくかったのだ。 「一つ、聴いてもいいですか? 」  そのまま、話しだす。  彼は結局、立ち上がることはできなかった。  長距離から放たれた巨大なロケット弾の一撃が、一際巨大な爆発を生みだした。  黄金の鎌首を覆いつくし、イノシシ巨人の質問を打ち消した。  炎が通り過ぎる。  あたりは焼け焦げた、滑らかなくぼ地になっていた。  酸素もほとんどない。  それでも、合体黄金怪獣は宇宙でも活動できる。  短時間なら酸素を必要としない。  ようやく再生した目を遠くへ向ける。  夜闇にきらめく火が見えた。  自衛隊の10式戦車の隊列だ。  十分距離をとり、林の陰から撃ちながら、逃げている。  だが、合体黄金怪獣の心に有ったのは、不意をついた自衛隊への恨みでも、逃げたのか吹き飛んだのかもわからない部下のことでもなかった。  ましてや、聴くことのなかった部下の質問でも。 (無敵だと信じていなかった! ともに合体していた味方が! )  思いだすのは、爆縮された祖国の風景だった。  汚れた、昼でも暗い空の下、巨大なコンクリート製の城壁が立っている。  今の合体黄金怪獣なら上からのぞけるだろうが、戦車砲程度なら耐え抜く。  横は、端が見えない。  途中に山があればそれを利用し、コンクリートで覆い、鉄筋を打ち込んで作られた。  この城壁が、大きく開いていたことがある。  城門には、何車線もの道路と鉄道が引きこまれていた。  この都市に住む人々を運んでくるものだ。  運び終えれば、ほとんどふさがれる。  出入り口そのものは残るが、それは周辺の工場や農場なりにでるための、最低限の物だ。 (すべては、文明の安らかな発展のため)  合体黄金怪獣に残った者達は、そう信じた。 (だが聞こえてくるのは、ため息ばかりじゃないか! )  それは、彼らが多くのことを諦めたからだ。  自分たちの歴史、思い出を失った喪失感。  同じ景色しかない、変化のない環境へ送られた閉塞感。  閉塞環境ゆえ、誰も個性を発揮できない。  人はいるのに、たのしくもうれしくもない、孤独感。  それらに心をとらわれ、それに向き合うこともできず肉体までとらわれた人々の苦しみ。  それを合体黄金怪獣は考慮しない。 (あんな世界がうらやましいのか?  過去の栄光など、歴史など無意味だ!  それを受け入れない怠け者の世界が、うらやましいか!? )  未だに言葉を発せない口の奥で、怒りの思考だけが渦を巻く。  城壁の中の巨大都市こそ、彼らの希望だ。 (コンクリートと金属、窓には高い放射線特性を持つポリマーが使われた、救命カプセルの集合体!  この都市なら、化学兵器や核兵器などで攻撃されても安心なのだ!   汚染された部分は、すぐさま遮断できるからだ!  所々突きだした塔は、砲塔だ! (空でも陸でも、迫りくる敵を撃ち落としてくれる! )  これこそ祖国爆縮作戦実行委員会に参加するという事。  すべての人民を、このような要塞都市に住まわせること。 (弱き者は、宇宙の悪意から永遠に隠す! 安定した世界で生きる!  そこで我々、宇宙をかける者を下支えする!  それのどこが悪いのだ!? )  動かない口に替わり炎と首のよじりで悔しさを示す。  徐々に、体をくねらせての移動にも慣れてきた。  その視線の先には、魔術学園があった。  砕けぬ赤い宝石が、輝きの波となって荒れ狂っている。  その中から聞こえるのは、いくつもの爆縮委員の叫び声! 『フ、フォォォ! 』  いまの合体黄金怪獣の叫びは、暴風の音だ。  覚えたての全身のうねりで、赤い波に飛び込む! 『フォォォ! フォォォ!! 』  波に中は、全てが燃え上がる熱と、宝玉同士がこすれる甲高く清んだ音で満ちていた。  辺りは水蒸気で包まれていた。  川に落とされた宝玉のせいだ。  それでも、えぐれた喉の奥から、炎を巻きちらしながら進む。  その進撃は、意外な形でとん挫した。  炎の中に浮かんだ宝玉に乗り上げ、滑って転んだ。 「瀬名さん、喧嘩慣れしてますね」 「主にボルケーナ相手にねぇ。全部あめ玉みたいに食べられたけど」 (これは、魔術学園からの声か? )  耳を構成していた委員はもういない。  学園の声は全身が感じている。 (天上人の進化系のためか)  天上人は、ものを見る時は低出力レーザーを放ち、その反射を観測する。  だが、音でも大まかな観測をする。  音なら向こうからやって来るため、エネルギーを使わない。 『フォオオ! グォオオ! 』  あの、うざい声の能力者を撃て! と言ったつもりだった。  身をよじりながら、その顔が変わっている。  暴風の様だった叫びが、獣じみた物に。  えぐれた目が前に押しだされる。  口はさらに前に突きだした。生えたのは地中竜の顔だった。  その牙を宙にふるう。  あの宝玉が次々と砕けた。  地に落ち、光を失って動かなくなった。 『グルル。あの、うざい声の能力者を撃て! 』  口がもどった。  と思ったら、下アゴが急激にねじられた。  痛みが走る。 「これは生まれつきなのよぉ〜! 」  怒り声を、宝玉と共にぶつけられたのだ。  首に何か、ブラブラしたものが当たる。  一瞬で砕かれた下あごだった。 (何たるスピードと熱量! が、いいニュースもある! )  胴体が徐々に整っていく。アゴも同じだ。  手足が、大地をとらえた。 「走れる! 者共、続け! 」  その喜びに震えていると、何者かに全身が地面に押し付けられた。  巨大な鎖だ。それ自体が大蛇の様に絡みついてくる。  さらに側面から無数のカミソリのような歯が飛びだし、食らいついてくる。 『おのれ! スーパーディスパイズか! 』  だが振り向いたとき、そこにいたのは見たことのない影……。 (違う! 落ち着け! )  そこにいたのは、やはりスーパーディスパイズ。  今は宇宙空母である両足から、生成された鎖を綱引きのように引いている 。  その更に後ろから、ワイヤー、アーム、重力子ビームをはなつ、複数の影。  学園艦隊が引っ張っているのだ! 巨人の冒険者達も一緒だ。  引きずりに、全身を踏ん張らせて抵抗する。  だが田んぼの泥がめくれるだけで止まれない。  泥の発酵した匂いが、臭さくてたまらない。  その先には、レイドリフト・メタトロン/地上に降りた星空!  クソッ! と言いそうになる口を閉じ。 (落ち着け! 今は焦りを悟らせてはダメだ! )  膨大なエンジン音が学園から合体黄金怪獣を引き離す。  続いて捕獲対象をぐるりと囲む配置に変わる。  その中に静かに、だが猛然と流れ込む星空。  獲物を捕らえに来る猛獣のごとき動き。 『バ! カ! めぇ!! 』  合体黄金怪獣は、今まで使ったことのない遺伝子を使うことにした。  しかも、メタトロンの時間操作よりも、早く!  それで感じた恐怖を吹き飛ばしたかった。 「ウソッ! 」  たちまち、空間に驚きの声と金の輝きが満ちた。 「爆発した!? 」  拡張した身体が空気を押しやる音にまぎれて、そんな声が聞こえた。 (そうだろう。そう思うしかないだろう。だがその爆発は……あれ? )  爆発物は黄金の体。  それは細く長く伸び、途中で何度も別れ、様々な方向へ曲がる。  それは木の枝の形。海中樹の形だ。  合体黄金怪獣は自分への包囲網を、艦隊と四天王のいないわずかな空間を、黄金の枝によって覆い尽くすつもりだった。  だが実際には、一番近い装甲に当たっただけだ。 (しまった! いや、まだまだ! ここからが反撃だ)  枝は手の役割もする。  前に落とした海中樹の結晶。それはメタトロンの力でも劣化していなかった。  太陽のように輝くそれを、握り込む。  遠い宇宙からの力が流れ込む。  だが、あらゆるエネルギーを吸収するはずの体が、弾けるように溶けだした。 『ウワッ! これは一体!? 』  痛みに、枝を引っ込める。  神秘の結晶は以前とは比べ物にならない熱と光を放っている。  その光の中に、動く影を見つけた。  動くのは、遠い宇宙の光景だ。 (地球に味方する異星人か。ボルケーナの仲間の神か!? )  合体黄金怪獣は覚った。宇宙の仲間が襲われたのを。  そして、エネルギーを送ってくる結晶を破壊されるくらいなら、と星に向かって投げたことを。 『それが、この高出力。ありがとう。我々は1人じゃない!! 』  結晶は、その熱量で地面を赤く溶かしながら沈んでいく。  もしかしたら、悟った内容は間違いで、味方はいないのでは。  一瞬浮かんだそんな考えを、無理やり消して。  もっと太い枝で燃え盛る穴に突っ込んだ。 「往生際が悪いんだよ! 」  狭まる包囲からの怒鳴り声。  そして、最も屈辱的な呼び名で罵られる。 「絶滅動物のくせに! 」  それは、生徒会が初めてスイッチアに現れた時から言われた呼び名。  地球は数年前に、ロボットのみが支配するスイッチアから侵略を受けた。  それが根拠だと言っていた。  スイッチアは人間も動植物もおらず、惑星全てが真っ黒に汚染されていた。  真脇 達美/レイドリフト・ドラゴンメイドが。 『あの猫と同じ事を! 貴様らも言うか!  絶滅の歴史など間違っている! 』  そんな言葉を投げつけても、包囲は迫る。  広がった枝など、気にする様子もなく押しつぶしながら。  合体黄金怪獣の闘志か揺らぐ。それでも。 『お前たちを倒し、間違いを正してくれよう! 』  溶けながら受け取った宇宙の炎を、枝から果実、いや爆弾として放つ。  ただひたすらに、これまでで最大の爆発となるよう、祈る。 『我々が宇宙を! 整えるのだぁ! 」
/648ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加