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先生は鞄を開いて中身を確認した。
機能性を重視した分厚い鞄の底にいつも持ち歩いている六法全書が覗いている。
先生は鞄を閉めて持ち上げると、もう一度腕時計に目をやった。
「さっきの話。帰ったらゆっくりとね」
「……はい」
私が返事をすると、先生は「行ってくる」と言って大股で歩き出した。
「お疲れさまです」と、先生の背中に呼びかけた時には、もうドアは閉まりかけていた。
一人になった事務所で私は首を捻った。
先生はいったい何を言い掛けたのだろうか。
気にはなったものの、考えていてもらちが明かない。
私は空になった先生のカップを手にすると流しへ運んだ。
ちょうどそこに電話が鳴ったので、急いで電話に駆け寄り受話器を手にすると、そこから立て続けに電話が鳴り、いつものように仕事の波にのまれてそんなことなど忘れてしまっていた。
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