理想の男

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事務所名の入ったドアを見つめると、急に現実の世界に戻って来たような不思議な感覚に襲われた。 背筋を伸ばしながら深く吸い込んだ息を大きく吐き出し気持ちを切り替えると、わずかな緊張が襲ってくる。 私はそれを振り切るようにドアのノブを掴みドアを開けた。 「戻りました」 室内に入るとパン屋とは空気まで異なる。 私はその空気をゆっくりと纏(マト)いながら自分のデスクに向かった。 私の声にすぐに返事をしなかった彼はというと、電話の対応の真っ最中だった。 こっそり聞き耳を立てていたが受け答えに申し分はなく、傍で聞いているだけでもその声色には安心感を抱くことができる。 彼は見えない相手に頷きながら話を聞き、時折深い相槌を打つ。 そうするうちに彼は最後にお辞儀をして話を終えた。 私はそれを横目に見ながら彼の人柄を垣間見たような気がした。
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