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その声は雨音に掻き消されそうになりながらも私の耳にはっきりと届いた。
聞き間違いかもしれないが、
聞き返すこともできない。
私の唇はくっついてしまったかのように開かなかった。
身体の奥から熱が湧き上がると、それと比例して一度弱まった雨が激しさを増した。
「時間、大丈夫ですか?」
「……そろそろ、行きますね」
私は腕時計も見ずに返事をした。
「僕もそろそろ戻ります。あれ以上機嫌が悪くなったら大変だから」
彼が微笑んでくれるので、私は真っ赤な顔で笑みをつくる。
顔の赤みは耳の先まで火照っているので自覚していた。
「いってらっしゃい」
彼がふんわり笑った。
「……店長さんも」
私は傘をさしてひさしから抜け出し、彼は裏口の扉を開けた。
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