自惚れ

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「いらっしゃいませ」 カウンターと調理場からの掛け声に私は浅い会釈で答えた後、ほとんどそちら見ずにトレイとトングを手に取った。 「こんにちは」と、声を掛けられなかったことも、調理場の奥に目を向けることができなかったのも今の時間帯に限っては何の不自然さもなかった。 私がいつも来ている時間よりも早いため、客足が多くレジにいる店員も客の対応に追われていた。 私は店内に列をつくる客に紛れて少し強張った顔を俯かせながらパンを選ぶ。 この時間ともなると人気のあるパンはもう既に棚からはなくなっている。 きっと調理場ではオーブンをフル回転させて次々にパンを焼いていることだろう。 空の商品棚を見て、そこにどんなパンが並んでいたのかわかってしまう自分に少し驚きながら調理場に視線が入らないよう注意しながら軽く店内を見回した。
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