名前も知らない

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「私……好きな人がいるんです」 自分の鼓動の音に、言葉が掻き消されてしまいそうだった。 「……好きな人?」 彼は無表情を装っているのかあまり表情を変えない。 「……はい」 「そっか……。どんな人か、聞いてもいい?」 「どんな人って……。私もよくわからないんですけど……」 「わからない?」 「私……その人のこと、あまりよく知らないんです」 彼は私の言葉を聞いて呆気にとられたように私を見つめた。 「よく知らない人のことが……好きなの?」 「いえ、そういう意味じゃないんですけど……」 上手く言えずに少し焦る。 私は横になびいてもいない髪の毛を耳に掻き上げる仕草をした。
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