【パン屋の憂鬱】「密かな想い」

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なのに…… 目を逸らしたはずが、 いつの間にか彼女を見つめている。 次に彼女と目が合ったのは彼女がレジカウンターで精算をしている時だった。 パンの包装を待つ彼女が調理場を見てどことなく口元を緩ませている。 「クリームパン、中のクリームが熱いので火傷しないでくださいね」 カウンターの上の彼女のトレイに先程棚に並べたばかりの焼きたてのクリームパンを見つけた俺は思わず口にしていた。 俺に話しかけられると思っていなかった彼女は柔らかかった表情を少しだけ緊張させ 「……あ、はい。ありがとうございます」 と、小さく返事をした。 彼女と目が合い、 彼女と会話をしながらも、 俺は自分に言い聞かせる。 俺はこの店の店長だ。 客に愛想よくするのは当たり前。 常連客にならなおのことだと。
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