【パン屋の憂鬱】「密かな想い」

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だから俺は彼女に笑顔を向ける。 他の客へ向けるのと同じように。 この店の店長として、調理場の俺が出来る最大限の接客をするのだ。 「こちらこそ、いつもありがとうございます」 「いえ……」 彼女が俯き加減に小さく首を振ると、彼女の向かいでレジを担当している宮田さんが一瞬後ろを振り返り、再び正面を向くと彼女にお釣りを渡した。 そして、何やら二人が言葉を交わす。 その会話が気になりながらも別のスタッフに声を掛けられたので俺の視線も意識も彼女からは途絶えた。 その間にも二人の会話は終わり、彼女は最後にパンを受け取ると、パンの袋を胸の位置まで持ち上げて 「じゃあ……いただきます」 と、はにかんだ笑顔を見せてドアへ向かった。
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