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俺は生地をちぎって計量しながらガラス越しに彼女を目で追った。
春の風は思いのほか強い。
彼女の少しだけクセのある髪が風になびく。
俺は計りの目盛りをほとんど確認せずに、計りの台から生地を降ろして次の生地をのせた。
カランコロンと、店のドアに取り付けたレトロな音が彼女の来店を知らせると、レジカウンターの女性スタッフが最初に彼女を出迎える。
「こんにちは」
それに答える彼女の笑顔を見つめていると、彼女が厨房に顔を向ける。
「こんにちは」
彼女はそうは言わないが、そう言ったようにはにかんだ微笑みと会釈をしてくれる。
先程まで感じていた眠気はいつの間にやらすっかりなくなっている。
俺が会釈を返すと彼女は再び小さく微笑み、俺に背を向けてトレイとトングを手にした。
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