【パン屋の憂鬱】「密かな想い」

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彼女に聞き返す宮田さん。 二人の会話は店にいるスタッフ全員の耳に届ている。 もちろん、毎日のように訪れる彼女を知らない者はいないし、おそらく全員が関心を抱くところだろう。 作業をするスタッフが手を動かしながら二人の会話に耳を傾けた。 俺はカレーパンを揚げながら密かに耳をそばだてる。 パチパチと弾ける油がこの時ばかりは少しうるさい。 「彼女、となりのビルの弁護士事務所で働いてるんですって」 「弁護士事務所!?」 「アツっ!」 「大丈夫ですか、店長?」 油が跳ねて手首に飛んだ。 「ごめん、大丈夫」 俺は平静を装って油に浮かぶカレーパンをひっくり返した。 「気を付けてくださいよ」 呆れているのか橋本さんがわずかに唇を尖らせた。 「ごめん」 俺は小さく謝った。
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