昔の彼女

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すると、暗くなった表に赤色の傘を見つけた。 見覚えのあるものだった。 その傘がゆっくりとガラス扉の前まで移動するのを見て、 俺は調理場からカウンターへ移った。 ガラス扉が開く。 「いらっしゃいませ」 声量のない俺の声でも静かな店内には十分に通った。 今日は雨で客足が伸びず、片付けも早めに始め、他のスタッフは閉店時間を待たずに帰らせたのだ。 「……こんばんは」 彼女の声もいつもよりもきっと小さい。 けれど、偶然にも俺と彼女だけなので、二人の会話は繋がった。 「あいにくの雨ですね……」 彼女は入ってきたばかりのガラス扉を一瞬振り返った。 「本当にあいにくです。雨の日は客足が遠のいてしまいますから」 俺も彼女が見つめた同じ方へ視線を向けた。
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