花は香る

　庭に出ると、どこからともなく花の香りが漂ってきた。
　反射で生け垣越しに隣家を見るが、そこには花どころか植物の影もない。
　お隣の奥さんは土いじりが好きで、以前は四季折々の花が綺麗に庭中を彩っていた。
　でも、病気で入院してからはすっかり庭は荒れてしまい、奥さんが亡くなると同時にお隣は引っ越して、今は片づけ損ねた雑草がちらほらと伸びているくらいだ。
　それなのに、こうしてどこからか花の匂いが漂ってくる時には、たまにお隣の庭には、以前のように溢れる程の花が咲いているのが見えることがあるのだ。
　もちろん見直せばそこには何もない。けれど芳しい香りだけは、ずっとふわりと漂っている。
　もう、手入れをしてくれる人どころか、植えられている花の一本すらないけれど、この庭にはまだ、奥さんに美しく咲かせてもらった花達の思いが残っているのかもしれない。

花は香る…完