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約束した日の午後は、傘を差すほどでもない、小糠雨が地面を濡らしていた。
待ち合わせの駅前で、軽くクラクションが鳴らされる。
キョロキョロする俺に、颯爽と現れたのは紺の外車。
外車特有の、深いエンジン音。
(すげぇクルマだな…誰が乗るんだよ…)
「こんにちは」
パワーウインドウが下がると、乗っていたのは前島先生だった。
俺はすかさず大人モードにスイッチして、直立不動の姿勢をとった。
「今日はどうもありがとうございます! どうぞ、よろしくお願いします!」
「どうぞ、狭いですけど」
イヤミか。
ハンドルを握る先生は、ロイヤルブルーのポロシャツと、白のチノパン。
半袖から見える腕の筋肉と、襟元からのぞく鎖骨は、男から見てもセクシーだ。
俺は全俺の好感度ランキング上位のコーディネートで遜色はないつもりだが…。
こんなスタイルで、かつ嫌味がない男はあまり見たことがない。
それは、きっと、身体つきの均整が取れているためだろう。
案の定、運転もスムーズだと…イケメン要素しかないぞ。
「どんな奴が乗ってるんだよ、みたいな顔してましたよ、先生」
くすくす笑う前島先生。
「いや、いやぁ…そりゃ、かのシュウゾウ・マエシマのご子息であらせられるから…外車でも、おかしくないっすよね…」
ワクワクと緊張と喜びで、すっかりテンパっている俺。
「俺なんて、ホンダのバイクですよ。型落ちの…」
前島先生は微笑みながら、
「ホンダのバイク…いいじゃないですか。本田宗一郎のスピリットが、まだ息づいてますし。そういえば、F1も復活しましたよね。僕は好きです…」
ボクハ…スキデス…
そこにわずかばかりの蠱惑的な響きがあったことに、その頃の俺はまだ気づいていなかった。
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