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前島秀蔵の建築設計事務所は、車で三十分ほど離れた住宅街の一角にある。
電車を乗り継いで行ったのは、中学生の時だったな。
高校になると、この近くを通りたいが為に遠回りしたっけ。そのとき以来だ。
トネリコの木をシンボルツリーとして、ネムノキや、蔦を始めとした緑をいっぱい壁に這わせた、コンクリートの四階建てのビルだ。
窓ガラスから、内装が少しばかり伺える。
きっとハンマー・ミラーや、バング・オルフセン、イームズ、アアルト、ゲーリーといった、デザイナーズチェアだらけなんだろう。
想像だけど。
「どうぞ」
「お、お邪魔いたします!」
父さんの遺影を持ってるカンジ。
玄関には銅板で「前島秀蔵建築設計事務所」、そしてアルファベットで「march」と彫り込んである。
「おおお! マーチ! …って俺は勝手に呼んでます! ホンモノだ!」
「ふふふ…まあ、父の事務所だってわかれば、なんでもいいらしいです」
モダンクラシックな、重厚な扉を開くと、ピカピカの大理石の玄関。
長い廊下の壁面には、設計図が額装されて綺麗にディスプレイされている。
行ってみたくてたまらない美術館だったり、かのホテルだったり!わ、あの空港のだ…!
興奮を抑えきれず、ニヤついていると
「あぁ、ようこそ!」
恰幅の良い上品な、マオカラーを着こなした紳士が出迎えてくれた。
う、うわあ!
ナマ・前島秀蔵!シュウゾウ・マエシマ!
「息子が、大変にお世話になっております。前島です」
老眼鏡を外しながら、握手を求めてきた。
ピッキピキに直立不動になり、深々とお辞儀した。
「お…お、お目にかかれて光栄です! 息子さんに、大変にお世話になっております、藤村、と申します!」
巨匠のゴツゴツした指にふわりと包まれる。
もう俺は、死ぬまで手を洗わないぞ!
写真より、ずっとずっとずーっと、ダンディでかっこいい!
そしておずおずと、「新建築」の前島秀蔵特集を、カバンから差し出す。
「忘れないうちに…あの、可能でしたら、サイン頂けますか…」
「はっはっはっは! 先生面白いね! そういうの、久しぶりだよ! 喜んで!」
豪快に笑う秀蔵先生の横で微笑む前島先生。
その後、事務所内を秀蔵先生自らのご案内で、直接レクチャーして頂く。
これを幸福と呼ばずして、何というのか!
父さん、俺はやったよ!
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