第2章 サングリア

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一枚木で造られたテーブルを三人で囲み、そこにどんどん運ばれるのは、見慣れない料理とお酒。 「良ければ、これどうぞ。祐特製のサングリアです」 赤い液体に、オレンジやレモン、ベリー類といったフルーツをどっさりと漬け込んだスペインのカクテルだ。 「これ、ベースは、赤ワイン…ですか?」 「まあ、お気楽なもんですよ。ソーダで割りますからアルコールも知れてますしね」 フルーツと、ワインのコントラストが光を浴びて、深いルビー色に輝く。 「美味しい!」   生ハムや、チーズ。クスクスのサラダに魚のマリネ。ポテトサラダ…か? 「これ、全部、祐が作ったんですよ」 「マジですか…?」  クールに装うも、先生はどこか照れ臭そうにしている。  やがてアルコールが回り始め、楽しくてたまらなくなってきた。 「藤村先生って、本当にお詳しいですね! いや、本当に明日からでも、うちの助手にでもどうですか?」 「いや、実は、建築家になりたかったんですけど…数学も面白くなっちゃって…」 「そうですか、でしたら…数学の研究家の澤本先生、知ってますか?」 「えええ! そうです! 自分は澤本先生の研究室にいたんです! うわ、悪い事できませんね」 世間の狭さに時々暴れたくなる。 「ああ…祐、すまん。アルゼンチンの赤が確かもう一本あったから、取ってきてくれ」 「わかった」  前島先生がキッチンへ向かうと、秀蔵先生は居ずまいを改めた。 「本当に、息子が、お世話になってます…」 「い、いえいえ」 改めて、お互いに深々と頭を下げた。 「彼の母親は、息子を産んですぐに、その…亡くなりまして…」 そうだったのか…。 あの料理のうまさは、普通じゃないと思っていたけど…。 もしかして、俺たちって…どこか似てる… かも? 「その分…小さい頃から、愛情をもっともっと掛けてやらないといけなかったのですが。なかなか、難しいですね…もう少し…私が構ってやればよかったなあと…」 等身大の姿を隠そうとしない巨匠の横顔に、俺はますます好感を抱く。
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