第2章 サングリア

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「んじゃ、失礼しまふ…」 「…またサイン本は、祐に渡しておきますね」 「よろしくお願い申し上げまふ…おやすみなさい」 「先生、靴はこれですか?」 「あ、ふみません」 前島先生の肩につかまらせてもらい、靴を踏みながらどうにか履き、ヨタヨタ歩く。 あ、見かけによらず…筋肉が… 細マッチョってやつだ…。 ほのかに、先生の体温が伝わってくる。 先生が玄関のドアを開くと、夜風が夏の気配を運んでくる。 雨で路面が濡れてキラキラと輝き、景色はユラユラと潤んでいる。 きれいだな… 「先生、どうぞ」 「痛っ」 頭を車のボディにぶつけつつ、助手席に乗り込む。 深いシートに、溶けるくらい吸い込まれる。 なんて眠気を誘うデザインなんだ… エロ気も誘う… 俺…今…何を考えた…?    前島先生が運転席に乗り込み、ドアを閉める。 「先生、シートベルト、締められますか…?」 「あ?あ、あぁ…大丈夫れす…」 ところが、眠気がきて、シートベルトどころか、両腕が思うように上がらない。 やおら、先生の顔が急に近づく。 わっ…まつ毛、長い…。 ほのかな、シャンプーの香り…。 至近距離過ぎて…右を向いたら、即キス可能だが…。 もちろん、そんなことは起こらない。 シートベルトを引っ張ってくれて、金具を固定してくれた。 「…じゃ、行きますよ」 独特の重いエンジン音が響き、クルマがなめらかに動き出す。  街灯の流れる一定のリズムが、またもや眠気を誘う。 「父は飲ませるのが得意なんで、ご迷惑だったんじゃないですか? 本当、すみません」 「…何言ってんれすか…光栄れすよ…先生は、赤ワイン、いらなかったんれすか?」 「飲んでる先生の顔をサカナにしていたら、もう水でも、いいかなって…」 信号待ちになった。 「たしか、先生、こっち方面でしたよね…」 「うん、駅からずーっと南の、笹山公園ろ…」 「…舌、回ってませんね。これ、飲んでください」 先生がペリエを差し出してくれた。 ほどよく冷えた、緑のガラス瓶の炭酸水。 「いただきまふ…」 俺はキャップを開けて、飲み干す…つもりが、口だけでなく、手からも、溢れる。 「あ…あぁ…」 ポロシャツやズボンに水分がシミとなって、吸い込まれてゆく。 もういい大人なのに、情けない…
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