第1章 出会い

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俺は先輩教員として久しぶりにスーツで決めて、新任の先生がひとりひとり挨拶してゆくのを先輩ヅラして見守っていた。 最後のひとりがマイクの前に立つ。 「ただいまご紹介に預かりました、補助教員の前島でございます。二年生の二組と、日本史を担当いたします。まだまだ未熟者ではございますが、どうぞ皆様、ご指導をどうぞよろしくお願い申し上げます」 美しい日本語と貫禄のある挨拶に、思わず教員同士顔を見合わせた。  その後、学校の会議室で歓迎会が開かれたが、缶ビールに柿の種という、経費削減にも程がある内容だ。 印象深かったその先生とたまたま隣になり、ついネームホルダーをチェックする。 「…それ、マエシマ…ゆう? ですか?」 「いいえ…前島…祐…タスクなんです」 「やっぱり!」 どこが『やっぱり』なんだという目つ   きをされたのは、気のせいか。 「ほとんどの方は読んでくれませんね」 苦笑いする彼の顔を見る。綺麗な顔立ちだから、生徒にはナメられそうだ。 「…えっとですね、自分も女性とよく間違われます」 キョトンとされるのも、無理もない。俺のネームホルダーには「三年 数学 藤村由紀」と書かれてある。 数学と言いながら我ながらガタイは良く、普段はスポーツウェアやジャージを着ているため体育教師とよく間違われる。 「あ…これは、よしのり? または、ゆきのりでしょうか? またこれは難しいですね」 「すごい! ゆきのりです! さすが、日本史の先生ですね」 「ふふっ、ありがとうございます」 ときどき不思議なアクセントがあらわれるのは…もしや帰国子女? 「先生は、どちらのご出身…」 「前島先生、野口教頭がお呼びでーす」 「ごめんなさい、またのちほど」 教頭先生のエリアへ移ったっきり、案の定…帰ってこない。 少し、盛り上がりかけたのにな。 ちらちら見ながら、手酌で缶ビールを少しずつ進める。    たかが名前の読み方で初対面の人と盛り上がることができるのは、この年になるとありがたい。 家族や親戚、親しい友人からは「ユキ」と呼ばれ、子どもの頃は、女っぽい響きが嫌で嫌で仕方なかった。 だが、出会いのきっかけになったりするから、人生はわからない。
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