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「ただいまぁー」
「おかえりー、ユキ!」
「…お、カレーか?」
「ユキ、こないだ豚肉で喜んでくれたじゃん。今日マルヤスのさ、鶏肉安かったからさ、カレー粉振って焼いてみたよ!」
尚人は中学二年で、料理部に入っており、コンテストで入賞するくらいの腕前だ。
「数学の問題集さ、あとでレクチャーしてよ」
ソテーをひっくり返しながら、尚人が言う。
勉強が嫌いなわけでも無さそうな、俺にはもったいないくらいの甥っ子だ。
離婚した姉が、二年前に乳がんで亡くなり、俺が十八歳まで面倒を見ることになっている。
亡き姉は彼に家事を徹底的に教え込んだらしく、手慣れたものだ。
パジャマに着替え、冷蔵庫から発泡酒を取り出した。
「くそ、飲み直そっと」
「酒臭いのにまた飲むわけ?」
尚人が好奇心いっぱいの顔で聞いてくる。
『お前は嫁か』と言いたい気持ちを堪えつつ、ソテーをぱくつき、発泡酒を流し込む。
「お! 美味い!」
「ふふっ」
「新任の先生が今年はたくさんいて…あ、この豆も、イケてる」
笑うとエクボが姉と同じ場所にできて、毒舌なのも似てきた。
「いやぁ、ユキも若いよ」
「とってつけたようにありがとうございます」
発泡酒がしみる。さっきの缶ビールは何だったんだ。
「良さげな先生いる?」
「全っ然わからん。今日会ったばっかだからな」
「だよね」
「あー…珍しくちゃんとした日本語で挨拶する新人がいたな」
結局彼とは何も話せなかったな。
祐と書いて、タスクか。そのうち、キラキラネームの新人とかもやってくるんだろうな。
「ユキもいろんな先生を見てるもんね」
「おうよ。こちとらもう四年目だからな…あ、数学の問題、見せてみな」
お箸片手に問題集をパラパラめくると、そこへスマホのバイブが鳴った。
《着信 教頭 野口》
時間外にかかってくる電話は、往々にしてロクなことがない。
「はい、藤村です…はい、お疲れ様です…」
確かに、昨年度まで生徒指導でしたけど。現場がたまたま近いってだけで俺に振らないでくれ。
しかも、スーツで行けというご指令。
久しぶりに着ると、面倒クサイ事が起こるから嫌なんだよな。
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