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「おかえりなさい」
玄関を開けた私にそう言う妻は、仁王立ちで右手に包丁、そして泣きはらしたかのような赤い目をしていた。
「なっ、何事!」
カバンを両手で盾にして後ずさりする私に、妻は自分の右手に持たれたものが何であるか、気がついたようであった。
「ああっ、ごめんなさい。夕飯の支度していたのよ」
後ろ手に包丁を隠し、片手でホホホと口元に手を持っていく。
「泣いていたんじゃないのか?」
私の問いに、可愛らしく妻は答えた。
「玉ねぎに泣かされちゃった」
私は安心した、玄関に入った途端刺されるのかと本気で心配してしまった。
妻の正義感、直向きに努力する一途さに惚れたわけだが、それは場合によっては攻撃的にそれも容赦無い責めとなる。
私にヤマシイ所はない。
しかし、人が人を完全に理解しあえない以上、誤解や間違いはあり得るのだ。
「そういえば~、随分長い間固まってましたね」
妻は少し面白そうに言う。
「ああ、帰宅早々に包丁なんて見るとね」
「あら、私は信用されてないのかしら、それともどこかでヤマシイ事でもされてるのかしら?」
そう、こんな風にだ。
「違うよ、何でもそんな風に疑ってかかるのは良くないよ」
「ごめんなさいね。でもその言葉、疑ってもらっては困るから言っているのでは無いと証明できて?」
妻の言い様に、少しだけカチンと来た私は、売り言葉に買い言葉で…
「ほう、では疑う根拠を聞こうか。まさか根拠もなしに人を疑い、詰問するなんて事は無いよね」
「もちろん根拠はあります。先日洗濯に出されたYシャツに、私のものではない口紅が付着していた事、お忘れではないですよね」
「あれは満員電車で知らない女性に付けられたと、決着が付いたはずだが」
「しかし、鑑識に出した結果、前回前々回の口紅付着には同一の口紅が使われていました。」
「鑑識に出したの? 既に疑ってかかってるじゃないか。そんな頭で冷静な判断なんて出来るものか!」
「信用するために疑ってかかるのは常識でしょう。根拠も経験則もなく無条件に人を信用していたら騙され放題ですからね」
「人って、僕は君の夫だよ。信用できるから結婚したんじやないの?」
「未だ評価の途上にあります。評価の材料を集めるにはお互いのプライバシーに関わる情報も必要だったから結婚したと考えて頂いて結構です」
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