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「酷い! なんて言い草だよ。大体検事ともあろうものが情況証拠だけで人を疑うって…」
ピンポーン
その時玄関で言い合っていた私達の間に割って入ったのは、誰かの訪問を知らせるチャイムだった。
妻は慌てて包丁を台所に仕舞に行き、私は玄関のドアを開いた。
「こんばんは、◯◯さん。大分大きな声が響いて居たようですが、どうかされましたか?」
「スイマセン、大家さん。チョットした行き違いと言うか、口論と言うか…」
「まっ、夫婦喧嘩するなとは言いませんが、お二人は特に声が透るんで、もう少しそこら辺を意識してボリュームを抑えて頂ければ助かるんですけどね」
「そうだ、聞いてくださいよ。実はですね」
「やめてください、人の夫婦喧嘩に首を突っ込む気はありませんから。大体、検事と弁護士のケンカの仲裁なんて務まるのは、裁判官くらいのもんです。お二人共私なんかよりよっぽど口が立つんだから説得なんて出来やしませんよ。とにかく、静かにお願いしますよ」
大家さんは言いたいことは言い尽くしたのか、それとも仲裁役にされてはかなわんと思ったのかそそくさと帰っていった。
そんな様子を戸の影から伺っていた妻に、私は一つ気に掛かっていた事を聞いた。
「大体、何で包丁なんて持ったまま玄関に出てきちゃったんだよ」
するともじもじしながらたどたどしく言う。
「駐車場の感圧センサーからアナタが帰ってきたと予測できて、料理の下ごしらえがキリの良い所で玄関に出て待ち構えてやろうと思ったのに、予想外に早く上がってきちゃって鍵開ける音がしたから、玉ねぎ切ってる途中で急いで玄関に行ったら包丁持ったままだった…のよ」
なんだか、さっきまで喧嘩していたのが馬鹿らしいほど、妻の理由は可愛かった。
「僕も早く君に逢いたくて、駐車場から走って上がってきちゃったんだよ」
二人顔を見合わせてフフフと笑う。
もうこんな空気でケンカなんて出来やしない。
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