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4.怪盗ポラリスの休日は仕事の下見でつぶれる。
五月八日の日曜日の午後。
理数と萌衣は奥多摩にある千畳博物館に来ていた。否、今いるのは千畳博物館に最寄りのバス停だ。
ここまでバスに揺られてきたわけなのだが、バスが走り去るとすぐに静寂に包まれた。夏ならば蝉の大合唱が聞こえてきそうなものなのだが、今はまだ五月だ。誰も通らないので、何の音も聞こえない。まるで世界から音だけが消えてしまったかのように静かだった。
「じゃあ、行こうか」
そう呟いて萌衣がどこまでも続いていそうな階段を見上げる。理数は無言で頷き、古びた石の階段に足を掛け上り始めた。
「本当の本当にここ間違いないんだよな?」
階段の脇に生える木の枝に腕をぶつけながら、理数が問い掛けた。
「疑いたくなるけれど、間違いないっぽいよ。他にも道があるみたいで、車で直接門のすぐ側まで行けるんだけれども、それは関係者以外立ち入り禁止になってるんだって。ただパーティー等が開かれる時は招待客のみ通行出来るみたい」
「マジかよ……」
理数がガックリと肩を落とす。
「奥多摩城址の見学も予約制だからさ、それだけ人が来ないってことじゃない? こんなところに毎日物好きが来るとはとてもじゃないけれど、考えにくいし」
「こんなバスに乗って、更にくそ長い階段を上ってまで行く価値があるのかね……」
「理数」
萌衣が階段の途中で立ち止まって、理数の目を真剣な顔をして見た。
「急に何だよ?」
「そんなに嫌そうな顔をするなら、別に帰ってもいいよ」
「ここまで来てさすがにそれはねーよ。第一ここで帰ったら罪悪感しかないし。それに――」
理数は木々のすき間から覗く青空を眺める。
「――ここは街中と違って空気が良いしな」
「そんな誤魔化さなくたっていいのに。見栄を張らなくてもいいって」
「そう言われても他にすることがないんだよな……」
急に理数の表情がどよーんと暗くなった。
それにはさすがの萌衣も少し引いていた。
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