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亮は他の子と違って手は振らずに、紙パックのジュースを飲みながら片手はポケットに突っ込んだまま、ただこちらを見上げていた。
「加賀見君は私じゃなくて、茜を見ていたみたいだよ」
チャイムが鳴ったから窓を閉めると、百合が嬉しそうに私の顔を覗き込んだ。
私は思わず赤面してしまったけど、「そんなんじゃないってば」と言った。
「百合こそ、あの中に気になる人がいたの?手なんか振って」
「まだわかんないなぁ。好きな人は欲しいけど、茜と違って気になるほどの人は見つけられない」
きっと、百合は誰かを好きになる前に、誰かに好きになられるんだろうな。
数学の松山先生は苦手だった。五十代くらいの女性教師でいつもイライラしていてヒステリックな声を上げる。
私の席は後ろの方だったけど、それでも彼女の苛立った感情は私の心の中に流れ込んできて、時々具合が悪くなるほどだった。
他人の感情の波が苦手だから、荒れていなくて進学校というほどではなくて、穏やかで真面目な感じの生徒が集まるような私立高校を選んだのに、教師がこういうタイプの人がいるのは困る。
今日も松山先生は授業に集中していない生徒達にイライラしていた。
騒いでいる生徒がいるわけでもないし、いつもの事なんだから流せばいいのに・・・なんて思ってしまうのだけど、松山先生のイライラは増すばかりだった。
ふいに後ろの席の女子から背中を叩かれ、「前にお願い」とメモが回ってきた。私がそれを受け取った途端に、松山先生の目が鋭くこちらを睨みつけた。
「矢川さん、それは何ですか?」
松山先生の怒りで満ちた声が私を指名した。ストレートにヒステリックな感情が入ってくるのは一番きつかった。後ろの席の子が焦っている感情も伝わってきた。絶対に見られたくないメモなんだろう。私は立ち上がって手に何かを持っている素振りをしながら、そっとさっきのメモを後ろの子に戻した。
「消しゴムです。落としたのを拾ってもらいました」
私は笑顔を作って消しゴムを見せた。疑ってイライラが増しているのは明らかだったけど、松山先生はそれ以上は何も言わなかった。
「大丈夫?真っ青じゃん」
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