残想

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「ほれあそこ。またあのげんさん(坊主)が。 やはりおまえを見てありんすよ」 姐遊女の萩野にそう告げられたが、浮雲はずうっと前より気付いていた。 ここ数日、昼見世前の昼四ツから、柱の影に一人の僧侶が立つようになった。 「吉原に足を運ぶなんざ、とんだなまぐさ坊主で」 萩野に次いで、鳶蔦が言った。 僧の姿はごく質素。袈裟も絢爛豪華な物でなく艶のない漆黒のものである。托鉢でもしに来たかと思わせる出で立ちだが、その手に鉢はなく、錫杖だけが握られている。 「しかしあの身なりでは昼見世でも花代は無理でござりんせう」 「だから、わっちらが湯屋へ行く時分を狙ってぼっ立って浮雲を眺めていりんすよ」 姐遊女たちはそう笑いながら奥へ入る。残された浮雲は、己を見つめる僧に畏怖の念を抱いていた。 笠から微かにのぞく目は、なんの感情も読み取れない。男の視線には慣れている。なのに、この僧の視線は監視役の折檻の様に辛く感じる。 姐さんたちと一緒に奥へ引っ込めば良かった。浮雲はそう後悔した。僧の視線に身が縮みこみ、足がおぼつかない。 突然、錫杖の遊環がしゃんと音を立てた。 それに導かれるよう浮雲が顔を向けると、表情を変えることなく僧の口元が動いた。 「まだ気付かぬか」
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