残想

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そのたった一言に、何故か浮雲の喉はひっと悲鳴をあげた。 浮雲本人にも何ゆえの悲鳴か分からぬ。 ただただ目の前の僧の姿に恐れをなした。 「は、早うおかえりなんし。わっちには何の事やら分かりんせん」 震える声でそう告げ、浮雲は足早に支度部屋へと戻っていった。 一旦はこうして僧の視線より逃るることは出来ても、昼見世の昼八つにはまた表へと、つらを出さねばならぬ。 金一分の散茶の身分の浮雲には、裏で無心の文を書くような贔屓も居ない。 胸に手を当て息を整えていると、先に裏へと消えた萩野が顔を出した。 「あれまあ、そんな顔をして。 初見にも来れぬげんさんに、誓いでも迫られたか」 意地悪な声色に、鳶蔦が言葉を続ける。 「なまぐさ坊主は床も上手いというが、花代もなしに契るほど。遣り手婆に気づかれぬよう浮雲もようよう気をつけなんし」 日頃の憂さの良い捌け口が見つかったとばかりに、意地の悪い笑みで姐遊女は囁き始めた。 変な噂が広まれば、命取りだ。 拷問にかけられて、命があれば儲けもの。命があっても河岸見世の鉄砲女郎へとくだることもある。 「露葉もないそんなことを。後生ですから、堪忍しておくんなんし」
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