野球少年

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 五十嵐慈縁(いがらしじえん)は寺の息子だった。自分の名前がいかにもそれらしいのを気にしている癖に、頭は丸坊主だった。これは野球部だったせいもある。痩せて小柄な中学一年生だった。 野球部が朝練をしているグラウンドの隣はテニス部のコートだった。男子の部は無くて、女子だけだった。また、同じグラウンドの敷地で陸上部が練習をする。これも女子だけだった。慈縁の中学には男子より女子が多い。野球部も、全学年ふくめ八人しか揃っていなかった。 「臭えなあ」  セカンドを守りながら慈縁は思った。  風に乗って、テニスコートから、そしてグラウンドの反対から、女子のからだのにおいが流れてくる。それがどうにも動物臭くて耐え難かった。  小学生の頃は感じたことがないにおいだった。女子は中学では香水を付けたり、シャンプーのにおいが馬鹿にきつかったりして、それもいやらしかったが、体が臭いのが何より不愉快だった。  女子が集まって声を出す、その部活の声さえも、雌の叫びのように慈縁に感じられた。バレーやバスケが行われる体育館はにおいも声も籠るから最悪だろうと慈縁は思い、土で汚れた自分の汗臭い袖のほうが余程清潔にすら感じられた。モノクロのストイックさ。飾り気のない潔さ。女にはそれが無い。 「こら、女なんか見てるなっ。」  ノックの球が怒声とともに飛んできた。慈縁はすかさずキャッチし投げ返しながら 「女なんか興味ありません。」  そう大声で言うと、周りに笑いが起こったが、向こうのテニス部からも 「ホモ少年頑張ってえ。」 と女の声がして、今度はグラウンド全体が笑いに包まれた。
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