59人が本棚に入れています
本棚に追加
若い娘がとぼとぼと小高い山を登っていた。
膝まで雪を埋もらせながら草鞋に素足で、
薄い破れた着物一枚の白い素肌が灰色から青紫に変わろうとしていた。
明治初期、東北の奥深い山奥の村人、
真理は17歳の短い人生に絶望して雪の降りしきる中、
家族に知られず山を登っていた。
この二月が過ぎ三月になると雪が溶け出す、
雪が溶ければ都会から怖い男が来て真理は身を売られる。
真理はこの村で生まれ育った。
明治初期の激動の時代でも村には何の変化もなかった。
真理の家は水呑み百姓だった。祖父母も両親も
ボロ雑巾になるまで働いても人並みの生活は出来なかった。
冷害で収穫が悪いと飢えて死ぬ人もいた。
不幸にして生まれてきた赤ん坊を間引きするところもあった。
当然、役に立たなくなった老人は姥捨て山に連れて行かれた。
おととしの同じ季節、大好きだった二つ上の姉が
怖い男に売られて行った。
「私は心配ないからね、真理は家族を守って支えてね、
絶対帰って来るから泣いちゃダメだよ」
昨夜から泣き通しで涙も枯れ果てた姉の玲が引きつった笑顔で慰めた。
真理はいつまでも泣いた。
去年の夏、真理が大好きだった祖母のトキがいなくなった。
真理は両親に問い正したが返事はなかった。
自分が山へ行ってトキを連れて来ると言ったが、
子供の真理には正確な山の場所は教えられてなかった。
口減らしをしたところで生活が楽になる訳がなかった。
都会では文明開化の旋風が華々しく吹き荒れていた。
去年の秋になって都会風の男が村にやって来た。
その男はハットという黒い物を頭に被っていた。
真理は怖くなって裏山に逃げた。
辺りが暗くなった夕方真理は恐る恐る山を下りた。
その途中、近所の幼馴染の太郎とばったり出会った。
太郎は都会の男が来て真理の家を訪れたと両親から聞いていた。
「たぶん身売りだろう、でないと一家首吊りだよ」
太郎の母が言った。
太郎の家でも生活状態は変わらない、彼の家には
娘がいなかっただけだ。
その分太郎は家族のために小さい頃から懸命に働いた。
「真理は売られていくのか、売られてどうなるんだ」
母の返事はなかった。
最初のコメントを投稿しよう!