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「ごめんね、太郎君」
その一言だけで精一杯だった。
二月初旬、
太郎は山に行こうと千春を誘った。真理の命日だった。
「雪が深いから嫌だったらおら一人で行く」
そういう太郎に私も行くと答えた。
どうしても行って真理の魂を慰めたかった。
二人が木の側に着いた時激しく雪が降り始めた。
「あの日とおんなじだ、吹雪がひどかった」
寒くて不安な表情の千春を気使い、太郎は早々に木の元に
餅とチョコレートを供えて手を合わせた。
真理の魂を慰めると共に千春を守ってくれと願った。
千春も太郎の横に座り真理に話していた。自分を好きだと言った太郎に、
どう説明していいか分からなかったが素直に喜んでいると伝えた。
吹雪が強まり前が見えなくなってきた。
「千春ちゃんが来てくれて真理も喜んでるよ、雪が酷くなったから
早く帰ろう」
真っ白で視界が悪い中、太郎は千春の手を取って歩き出した。
10メートルほど歩いたところでクーと鳴き声が聞こえた。
二人は振り返った。木の側にシロがいた。
真っ白の世界に真っ白の姿のシロはよく見えなかったが、
黄色い目が光って見えた。
千春は思わず駆け寄ってシロに抱き付いた。
ため息が漏れるほど暖かかった。千春はシロに体を預け両手で
シロの体を撫でた。シロは鼻で千春に応えた。
濡れた鼻が冷たかった。
「シロ、一緒にうちへ行かない? いこうよ」
千春はシロの太い足を引っ張ったが、
シロは動かず千春の手を舐めた。
諦めた千春は別れを告げて太郎の所へ戻った。
太郎と二人で歩き出した時、もう一度シロが鳴いた。
二人が振り返って見ると巨大なシロの横にボンヤリと
細い人の影が見えた。
「真理だ!」
シロの姿よりも力弱く薄い影が見えていた。
顔は暗くてよく見えなかったが細身で長い髪が風になびいていた。
千春はその場で手を上げた。
真理もゆっくり手を上げ次第に真っ白い雪の中にシロと共に消えていった。
「早く帰った方がいい千春ちゃん」
放心状態の千春を抱きかかえるように太郎は急いだ。
家に着くと素早く千春を風呂に入れて身体を温めさせた。
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