昔の人・今の人

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 ほんとにそうなのかな、柔らかく頼もしい手、 てっきり太郎の手だと思うほど千春を安心させたのだ。  夏休みの最大のイベント、キャンプも終わり千春、太郎、道子は 一度実家へ帰って短い時間を過ごした。 「いいわね、あんた達は、私なんかキャンプ終わってからすっと当番と 実習でクタクタなんだから」  実家へ帰れなかったみどりが羨ましそうに言った。  ここは千春のアパート、後期授業が始まる数日前に集まっていた。 「おらやっぱり田舎の方がいい、おらに合ってる、 それに百合子ちゃんもダメだったし」  何も言わなければいいのに太郎が口走ってしまった。 「なにそれ、太郎君連絡取ったの? バカね! 千春、太郎君の携帯没収しなさい」  道子に叱られて小さくなる太郎だった。 「そうよ太郎君、私なんか当然彼氏がいてもいいはずなのに 仕事ばっかりで嫌になるわ、この前も病院のカルテ整理 させられて大変だったんだから・・・ あっ、思い出した、 その古いカルテの中から偶然見付けたんだ、 同郷の人のカルテ、びっくりした」  みどりが話した。  その日当番だったみどりと数人の看護学生は先生から 新しい仕事を頼まれた。 倉庫のような古い資料室の前に連れて来られて整理するよう言われた。 「病院の開設当初からのカルテを全てデーター保存するからって、 年代別、地域や病状、色々分類分けするの、大変な作業なんだから、 統計を取ることには役立つけどね」  大量の資料を前にしてみどりはため息を吐いた、 今頃は千春や太郎君、道子達は田舎へ帰って楽しんでるんだろうなと 思うと重い気分になった。  他の学生も同じ気分だった。  整理を始めて2時間ほど経った時、学生達はもう文句を言わずに せっせと働いていた。  カルテを見ながら人の誕生や死、病気や生活を考えながら 真剣になっていた。  みどりは一枚のカルテを見て手が止まった。  そのカルテの女性がみどりの田舎の住所だったのだ。 「何か不思議な感覚だったわ、あんな時代にも同郷の人が 東京にいたなんて、思わず久し振りって言っちゃったわ、 嬉しくなってその人のカルテコピーしちゃった」                
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