昔の人・今の人

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「真理、お前売られるのか」  太郎が下を向いたまま小さな声で言った。 「うん、もう食べる物が無いの、このままじゃ今年の冬は越せない」 「おら、真理が都会に行くのはいやだ」  真理の紫色の唇がかすかに微笑んだ。 「太郎君と一緒に遊んだ時が一番楽しかった」  寒さに震えながらも胸の奥から熱いものが広がってきた。  両親から冬が終わり雪が溶けたら男が迎えに来ると言われた。 真理はさ湯を飲みながらこっくりと頷いた。  雪が数メートル降り積もった頃、太郎は真理の小屋の近くに 小さな鎌倉を作った。  二人は迫る時間を惜しむように鎌倉の中で寄り添って話し合った。 「こんな事になって今更言ってもしょうがない事なんだけど・・・ おら真理を嫁にして一生懸命働いて真理に旨い物を 一杯食べさせてやりたかった」 「私も考えたことがある、そんなこと」  真理が太郎の手を握った。 氷のように冷たい真理の手に太郎は驚いた。  食べる物、着る物さえ満足に手に入れられない環境に育った二人だったが、 幼い頃から17歳になった今まで二人で一緒に話したり 遊んだりした事がかけがえのない宝物だった。 「私、行きたくない」  我慢強い真理の瞳から大粒の涙がこぼれた。 「勘弁してくれ真理、おらに真理を守れる力があったら、 おらの命と引き換えに真理を守れるなら、おら喜んで・・・」  生まれて初めて涙を流している太郎を見て、 真理は太郎に抱き付いた。 「このまま二人一緒に死のうか」  気弱に言った太郎に、ダメ! と強い口調で返した真理だった。 「そんな事でどうすんの、残された父さんも母さんも死んじゃうよ、 頑張って、頑張って家族を守ってあげてよ、お願いだから」  そんな弱い太郎君なんか嫌いだ、私の好きな太郎君は 強くて優しい太郎君、私が勘吉に虐められた時、 大きな勘吉相手に私を守ってくれたでしょ、私嬉しかった。  と太郎の胸の中で訴えながら、真理は 心の中で自分は死のうと決心した。  小高い山を上り詰めた時は猛吹雪になって殆ど前が見えなくなっていた。  真理は売られていくのが嫌だった。  この土地、家族や太郎と離れた遠くで一人身体を売るなんて 耐えられなかった。  両親も身をよじる程悲しんでいた。しかしどうしょうもなかった。  秋に都会から男が来て置いて行った真理の代金は僅かな食べ物に変わった。
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