昔の人・今の人

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 なんの力にもなれなかった太郎は自分が情けないと呟いた。 「皆同じ境遇で同じ立場だったんだから・・・ それと玲姉ちゃんには男の子 がいるわけだから、もしかしてこの世の中に玲姉ちゃんの 子孫がいるかもしれない、きっといるわよ、 そう願おうよ太郎君」  千春は自分と太郎と真理に言い聞かせるように言った。  みどりの衝撃的なカルテの発見で一時は興奮し、 喜んだ二人だったがそれ以降はなすすべも無く、ただ真理の姉、 玲が東京で悲惨な生涯を送ったという記憶だけが心に重く残った。  後期授業も順調に消化していた千春と太郎だったが、 日が経つにつれ太郎は思い雰囲気になってきた。  11月になると合唱団の定期コンサートがある、太郎は本当に嫌だった。 当日は仮病を使おうかなどと考えたがすぐに千春に心を見透かされた。 「嫌だ嫌だって太郎君、仮病なんか使ってもダメだからね、 あんたが病気になる訳ないんだから」 「みんなは合コンやカラオケで慣れてるから楽しいんだろうけど、 おら違う、唄なんか無い環境で育ったんだから」 「だから、心から唄って真理さんに聞かせてあげてよ、 喜ぶと思うよ、太郎君に惚れ直すかもね」  真理をガッカリさせないようにと説得する千春に 少し前向きになる太郎だった。  合唱団の定期コンサート当日、  部員全員は年一回の晴れ舞台に心ときめかしていた。  千春も綺麗な衣装を着て楽しそうに仲間達と喋っていた。 太郎はというと慣れないスーツを着、初めて締めるネクタイと格闘していた。 千春が太郎に気付いて丁寧に直してやった。 「これ、ふんどし締めるよりむずかしい」 「大きな声で言わないでよ、人に聞かれるわよ、何言ってんの、 さ、出来たわよ、太郎君かっこ良くなったから鏡見てごらん」  大きな姿見の前に二人は立った。 綺麗な衣装に身を包んだ千春がいた、その横に少し照れた太郎がいた。 「バッチリだわ太郎君、こうやって見ると何か結婚式みたいね」  千春が太郎の腕を組むと、よっ、カップル誕生などと 部員が野次を飛ばして写真を取った。 千春は表情を強張らせ太郎に聞いた。 「太郎君大丈夫? 写真写るの?」             
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