昔の人・今の人

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 辺りが暗くなってきた。  病院で一人夜を過ごすのは心細かった。 長い間眠っていた千春は目が冴えてしまった。暇でどうしようもなくなった。  千春は無理やり身体を起こそうとした、やはり体のあちこちが痛かった。  ふと見ると暗くなった部屋の片隅に真っ黒い陰があり、 その少し上にボヤッと青白い顔が浮かんでいた。 「わーつ!」  千春は思いっきりびっくりした。驚きが恐怖に変わった。 「あっ、あの、驚かないでくれそんなに、おら何も悪いことしないから」  男の方が慌てていた。  千春を安心させるために病室の電気を点けた。  千春は両手で布団を胸に抱き声も出せずに男を見詰めていた。 男の方も何も言えないままじっと立ったままだった。  千春の方が痺れを切らせた。看護師を呼ぶブザーを手元に引き寄せ 恐る恐る男に言った。 「あんた誰? なんでここにいんの? いつからここにいるのよ、 両親は気付かなかったの、それからなんで・・・」  不思議なことが一杯で千春はベラベラと喋りまくった。 「勘弁してくれ、おら、真理に会いたくて、それで・・・」 「あんた精神科の患者なの? 訳が分からないわ、ちょっと待ってて、 人呼ぶから」  お願いだからと男に泣き付かれて千春はブザーを手放した。 「何から話したらいいのか・・・」  男は暫く真剣に悩んでいたがとりあえず自分は太郎、17歳だと言った。 真理に引かれて来たのだと言った。 「私は真理じゃありません、水谷千春です、完全に人違いよ、 残念だけど見れば分かるでしょ、分かった? 真理さんってどこにいるのよ」 「真理はあの木で首を吊って死んだんだ」  千春は体が飛び上がるほど驚いた。  振えが止まらなくなった。  千春の記憶ではあの木で自殺した女などなかった。  太郎は真理が自殺した経緯を話した、が、千春には信じられなかった。 「明治時代に死んだって、もう100年以上経ってるし・・・ えーっつ! あんたもしかして幽霊なの? わーっ!」  パニック状態になった千春を太郎は必死になって落ち着かせようとした。 「早い話がそうなんだけど、千春ちゃんに悪いことしようと思ってやって来たんじゃ ないから、白神様が吠えたもんで、もしかして真理が、と思ってやって来たんだ」
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