昔の人・今の人

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 何が何だか分からなくなった千春だったが獣が吠えた事は覚えていた。 初めての共通点が見付かったことで千春は少し落ち着いた。 「私も見たわそれ、白神様っていうの? 大きな犬っていうか、 狼みたいだったけど、そのあと私は枝から落ちたの」 「白神様っていうのは白い大狼様が縮んだ言葉なんだ、おらが 木の所へ行ったら千春ちゃんが首吊ってて、白神様がジャンプして 首の上のロープを噛み千切ろうとしてたんだ、おらも慌てて 枝に登ってロープを切った。おら真理かと思った」 「それじゃあ・・・ 私が死ななかったのは、その白い狼とあんたが ロープを切って助けてくれた訳? なんだか私あんた達に お礼を言わないとダメみたいね、でも、どうして 狼とあんたが出て来たのかがよく分からない」  昔、同じ木で首を吊った娘がいたことは理解できたが、 人違いは明らかだった。どうしても千春には分からなかった。 「だって、千春ちゃんと真理は同い年で同じ事をした、白神様は この村の守り神で村人を守ってた。 その白神様が吠えておらに知らせてくれたんだ、 真理がここにいるよって、おら信じる」  真理が死んだ年齢も同じ、同じ木で首を吊った。 狼は千春に真理を感じたのに違いない、いや、首を吊った時の衝撃で 千春と真理の魂が合体したのだろう、と太郎は思った。 「まさか、私は私なんだけど、あんたそんな事信じてるの、 うん、まあいいわ、どっちにしても命の恩人だもんね」  太郎に対する恐怖感と違和感が次第に薄れてきた千春は、 今度は太郎に興味を示した。  太郎君はどういう人生を送ったのと訊いた。 「おら、真理が死んでからは悲しくて辛かったけど、一生懸命働いて 両親を見送った、真理の命日は家の中で一番美味い物を木の根元に供えた。 白神様も来ていた。それから、 おらは一人ぼっちになって30位まで生きてたけど、 働きすぎて体が潰れたんだ、それから死んだ、餓死だった。  動けなくなってから何回も真理の幻覚を見たんだ、嬉しかった。 二人で話しながらいつも餅とか白い飯を腹一杯食べてるんだ、 真理は美味しい、美味しいって、パクパク食べる真理の横顔が可愛かった。 微笑みながらおらを見た顔から涙が流れてた」
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