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――
「面白かったー!」
「そうだな。笑った」
映画も終わって僕らはドコへと決めたわけでもなく歩いていた。
映画は思いのほか面白かった。ストーリーは練られていたし、セリフも各シーンの間の取り方も悪くない。なにより、笑えた。
というのも、途中君が耳元で冗談を言ってきたからかもしれない。
息はたっぷり使ったが、悪い気はしない。
「ていうか、昼間のも面白かった! 水の中いいかもね、みんな面倒なこと喋らなくなる。あいつらも本当は悪い奴らじゃないんだけどさ、今日は本当に」「あ」
勿体ない、とついつい君の口を手で覆ってしまった。手のひらに、柔らかい唇が触れた。
困ったように笑った君は、僕の手を引きはがし、その細い指を絡めてきた。
「もう水は引いたよ。ほら、ちゃんと海見えるでしょ」
指が示す方向を見れば、夕日を反射し、煌めく水面が視界いっぱいに広がっていた。
「本当だ……」思わず溜めていた息をすべて吐き出した。
「なに、すごい寂しそうなんだけど」
君は笑った。その笑顔を見て、疑問がわいた。
「……僕でいいのかい?」
「ん?」
「気になっていたんだ。僕にはわからないが、彼らと騒いだほうが楽しいものだろう」
僕の問いに君は唇を尖らせて空を見上げ、小さく笑った。
「好きだもの」空から声が降ってきた。
「不思議だ。正直な話ね、『すき』ってこんなに自然に出てきたことないの。だから、さっき口に出してみて『ああ、すきなんだわー』って思った。きみといるとき落ち着いてるんだよね」
僕はあの時僕が心に思ったことを口にした君を、まじまじと見つめてしまった。
ゆっくりと水平線へと目をやる。
「全部沈んでしまえばいい」僕は呟いた。
どうしたの? とのぞき込んでくる君に笑いかける。
僕が素直になれるから。
「全部水の中に沈めばいい」
―終―
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