第一章

5/15
279人が本棚に入れています
本棚に追加
/196ページ
「そうなのよー! 幸一ったらこの前何年も付き合った彼女と別れちゃってえ!」 「和人は女の子連れて来たことなんてないの! あの子大丈夫かしら」 「えー! 意外ー! 和人君昔から女の子にモテモテだったじゃない?」  ……女というのはいくつになっても恋愛話が好きらしいと、幸一は呆れて溜息を吐いた。  すっかり酔っ払った母親たちを後目に、幸一の父と和人の父、そして幸一はちびちびと日本酒を啜っていた。  食卓に並ぶ色とりどりのおせち料理はまだだいぶ余りがあり、これは二三日はどちらの家も食事はこれになるのではないかと思った。幸一が毎年恒例の一月二日の両家の集まりに参加していた頃から、毎年作り過ぎていた。特に幸一が三が日すべてが日勤で来られなかったここ数年は、いっそう余らせていると言っていた気がする。 「幸一君は看護師さんなんだったねえ。将来は帰ってくるの? 診療所継ぐんでしょ?」  和人の父親は相変わらず格好良いと思う。この親にしてこの子ありという感じだ。しかし今の和人は軽薄に見えるから、おじさんの方が数倍格好良く見えると幸一は思った。 「俺は医者じゃないんで……」  幸一が苦笑して答えると、幸一の父も笑い飛ばした。 「そうですよー。あそこは私の代で閉めるつもりなんですよー」  幸一の実家は小さな診療所である。父は医師で、母はそこで看護師として働いている。  幸一の父親は激務をこなす医師などではなく、ほのぼのと隠居生活を楽しむ老人のような雰囲気を醸し出している。雰囲気だけではなく、ここ数年で急速に老けたなと思う。穏やかでのんびりとしているのは元々の性格だが、老けたのはその過酷な仕事の所為だ。小さな診療所なのに往診まで行い、身を削るようにして仕事をしているから。 「おや、じゃあ幸一君は帰ってこないのかい?」 「いつかはこっちの病院で、とは思ってるんですけど……。今の病院で学ぶことが多くて。まだ四年目ですし」 「いやあ、立派だねえ。うちの和人に聞かせたいな」 「いや、聞いてるからね? 父さん」
/196ページ

最初のコメントを投稿しよう!