第4章  ビールデート

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 酔っぱらっているのかと思って顔を覗き込んだが、黒く澄んだ目に吸い寄せられるような気がして、急に心臓がどきどきし始める。    この人、すっごいきれいな顔してたんだ。整った顔だと思っていたが、ビールのせいかすこし気だるげなようすは、やたらと孝弘の気を落ち着かなくさせた。 「上野くん、いつなら行ける?」 「え、マジで?」 「あ、本気じゃなかった?」 「や、ちがうけど。行くっていうとは思ってなかったから」 「どうして? 面白そうなのに」  優しげできれいな外見から慎重な性格のように見えていたが、意外と行動力があるらしい。  そういえば市内を案内したときも、何を見ても嫌悪感よりも好奇心が勝っているようだった。 「安心できるガイドと郊外に行けるチャンスでしょ。そりゃ、行くよ」  安心できる? ほんとにそうか?  孝弘の心のなかの突っ込みなど聞こえるわけはない。  異文化どっぷりの海外生活を面白いと思えるのは、中国生活を乗り切る心の知恵を持っているということだ。けれども、警戒心がなさすぎるのは心配だった。    信用されていると単純に喜べない。  車で二時間以上の郊外だよ? 前回、写真入りの留学生証は見せたけど、そんなに俺を信用していいのか? 二人きりで誘拐されても文句の言えない事態かもよ?  なにか一言いうべきだろうかと思ったとき、 「そうそう、郊外に行くなら上司に言っておかないといけないから、上野くんの名前と連絡先を上司に教えてもいい?」  祐樹がそう言いだして逆にほっとした。  費用を持つかわりに手配はすべて任せるといわれたので、タクシーの交渉は孝弘がしておくことになった。  この食事に行くことを決めたときと同じく、気にさわらない強引さで祐樹は二週間後の土曜日に長城に行くことを決めてしまった。
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